大谷慎吾(UNITED)インタビュー #1

2015年10月5日 更新 インタビュー
大谷慎吾(UNITED)インタビュー #1
記事公開日:2014/11/22

 2014年5月13日。日本を代表するスラッシュ・メタル・バンドとして確固たる地位を築き上げたUNITEDのベーシストであり、長年に渡るシーンの牽引者と言っても過言ではない男、横山明裕がこの世を去る。ネット上には国内外を問わず横山の死を嘆き悲しむ投稿が多数書き込まれ、同時に多くのメディアでも報道され、その衝撃のほどと如何に偉大な存在だったかを思い知ることになる。数日後の週末に葬儀はしめやかに行われ、葬儀場には親族や関係者、そして友人、仲間、ファンといった多くの人が最後のお別れを言いに参列した。通夜の後には新宿にある横山がオーナーを務めていたロックバーのFROM DUSK TILL DAWNをはじめ、大阪を含む数軒のバーが共催して「YOKO Fest」なるイベントを開催。UNITEDの曲が大音量で流れ続ける中、横山を愛した多くの人が朝まで故人を想い、酒を酌み交わしたという。
 それから約4ヶ月後。横山の誕生日(9月10日)に近く、また明ければ月命日となる9月12日に、CLUB CITTA’にて、横山の追悼イベント「YOKO FEST THE FINAL: ヨコちゃん逝ったヨ~全員集合!!」(以後「横フェス」と省略)が開催された。“THE FINAL”が付いていたのは、先に述べたロックバーのイベントがあったからだろう。なんとも脱力するイベント名だし、まず追悼イベントのタイトルとは思えない(笑)。 フライヤーを見れば、UNITED初代ギタリストだったマーちゃんが描いた、大ダコに絡まれながらも笑顔でベースを持つ横山の姿。これらもまた多くの人に愛された横山の人柄を表わすものだったのだろう。
 19時から翌朝6時。11時間という長丁場となった横フェスは、横山と縁のあるジャンルを問わないバンド/アーティスト、そして多くのファンが集い、各々が横山のことを想う楽しくもエモーショナルな夜となった。今回、メタライゼーション・ドット・ジェイピーから「大谷さんによる横フェス総括が無いので、ファンの立場から話を聞いて欲しい」という命を受け、横フェスからそろそろ2ヶ月が過ぎようとしていた某日、今回の中心人物でもあるUNITEDのギタリスト、大谷慎吾に横フェスを振り返って貰いつつ、今後のUNITEDについても語って貰った。80分近くのロング・インタビューのはじまりである。
「YOKO FEST THE FINAL: ヨコちゃん...

「YOKO FEST THE FINAL: ヨコちゃん逝ったヨ~全員集合!!」


UNITED:大谷慎吾
インタビュアー: 真杏

「葬式の準備をしている時には(横フェスの構想は)実はもうあったんですよ」

--- 横フェスが終わって2ヶ月近く経とうとしています。まだ大谷さんによる総括が無いということで、今回いろいろお話を伺いたいと思うのですが、まず、振り返って今の心境をお聞かせ頂けますか?


大谷:先週くらいにやっと終わったんですよ、俺だけは。ずっとフェスTシャツの通販をひとりで作業していて、こないだ最後のひとりが終わって。「あー良かった! やっと横フェス絡みのことが終わったのかな」と。
 それで先週横セン(横山の愛称。横山先輩の意)の実家へお母さんとお姉さんに会いに行きまして。横センが引っ越す時にいろんな荷物を実家に持ってきていて、その中にはテープや写真やベースもあるから、「バンドで必要な資料とかいっぱいあると思うので取りに来て貰えませんか?」と。それで横フェスで9月中は忙しくて行けなくて、10月に入るとお姉さんも忙しくて行けなくて、やっと10月末くらいにメンバーで行ってきたんですよね。お姉さんが「横フェスのTシャツ、買おうと思っていたんだけど、買い逃がしちゃったんですよね」なんて言うから、「Sだったら余っているんで。ただ、外で着られないデザインだと思うんですけど(笑)」って。でも「あ、是非、もしあったら」と言うので、だからそれも持って行ってあげて。
 実家には昔の写真とか、それこそネガやポジもちゃんと綺麗に取ってあって。集めていたフィギュアやIRON MAIDENやBLACK SABBATHの初来日とかの凄いコンサート・パンフレットもたくさんあって。横センのお母さんも80歳を過ぎているし「どこに置いておけばいいのかしらね?」という感じだったので、持って帰れるものはそうして、カセットテープも80年代のUNITEDのライヴのものが結構あったんで、そういうのは俺が選別して。その後にいっしょにご飯を食べて、お墓参りしてきたんですよね。それでなんか一段落みたいな感じはあるんです。

--- 横山さんが亡くなってからわりと早い段階で、横フェスの構想があったと聞いています。


大谷: 葬式の準備をしている時には実はもうあったんですよ。葬式が5月17日と18日だったかな。亡くなったのが13日で、準備でバタバタしている時に、小杉(HOWLING BULL代表 小杉茂氏)と俺と横センのお母さんとかで「(葬式が)土日になっちゃうと、バンドマンとかは来られないよね。翌週の平日にしようか」とも話したんだけど、向こうの事情や遺体の問題もあるし、土日でやりましょうと。すると結構地方へ行ってたり、現場の仕事が入っているから来られない人が出てきて。それで「また改めてやれば良いんじゃないの? みんな集まって何かやろうか?」となって。その時にもう“YOKO FEST”って名前になっていた(笑) 誰が付けたんだろう? 多分小杉か誰かなんだけど。

--- 実際開催が発表されたのも7月9日で、その段階で多くの出演バンドが発表されていました。かなりのスピードで発表までされた感じですが、横フェスはどういう形で開催へと動いていったか教えて頂けますか?


大谷:「横ちゃんの誕生日が9月10日だから、ド平日だけど10日はどうかな?」と小杉が恵比寿リキッドルームを押さえようとして。でも10日が空いてなくて、じゃあ11日ってことで一旦押さえて。バタバタと葬式の日が過ぎて、横フェスをどうしようかと小杉とUNITEDのメンバーで集まって。バンドを思いつく限りで呼ぶともの凄い数がいるじゃない? 「これちょっとリキッドルームってキャパオーバーじゃないの?」となって、すぐクラブチッタに問い合わせたら、12日の金曜日のオールナイトを打診されて、「それにしようか」となって。それで会場がチッタになったんですよね。その間、1週間もかかってないんです。
 チッタで動くことになって、次にバンドはどうしようとなったら何十バンドも名前が出てきて、ステージ数の話になっている間にチッタとの打ち合わせが始まって。その時に「左右に2ステージできますよ」と提案されて。やっぱりステージとフロアに格差が付くのは嫌だから良いアイデアと思ってステージを左右に分けることにして。すると今度は「バンドもこの数だと、オールナイトじゃ多分1バンド5分もプレイできないじゃん」という話になって。だから開場18時、開演19時にして、平日だけどそこから始めれば午前6時までにはなんとか1バンド15分くらいで40バンドくらいプレイできるんじゃないかと。15分くらいしかプレイできないでみんな納得してくれるかなとも思ったんだけどね。
 それで出演バンドは俺中心に、小杉と、FROM DUSK TILL DAWNの方からも「UNITEDだけというよりは横さんが個人的に関係のあるバンドもいるでしょう」と提案があって。それに加えて「出してくれ! 出してくれ!」というバンドも多かったんで。SUNS OWLとか。「だって解散してるじゃんお前らさ?」と言ったら「いやいやなんとかしますよ!」って。「いや無理しなくていいよ」と言ったんだけど(笑) SUNS OWLのSABとかMZMはずっと言ってくれていたんだけど、結局GOが別の仕事をしているから、それでメンバー間の連絡もままならず、こちらは連絡待ちだったんだけど結局出られなかった。他にも出て貰いたかったけど出られなかったバンドも凄くいっぱいいて。俺が全部やっていたんじゃ間に合わないので、うちのレーベルのエンジニアでもあるテツ(413TRACKS Tetsuji “tetsu666” Yamada氏)が、決まったバンドに対しての最終的な公演詳細のこととか全部やってくれて。
横山明裕氏(RIP)

横山明裕氏(RIP)

「こんなフェスはなかなか無いんだろうな。やっぱ横セン凄いな」

--- 少し毛色が違うバンドが決まると炎上するようなこの時代に、あの日チッタにいたほぼ全員が「横山さん追悼」という意識があったとは言え、殺伐とした雰囲気も無くて、ある種の居心地の良さすら感じる雰囲気になったのは素晴らしいと思いました。当日の空気を事前に想像していましたか?


大谷: PASSPO☆は横センがバック・バンドをやっていたので、初めから誘うつもりでいたし、GENOCIDEもレコーディングもライヴもやっているし。屍忌蛇もVOLCANOという話もあったんだけど、VOLCANOはNOVがGOと同じで地方へ行ってたんで。でも屍忌蛇のソロ・アルバムでも横センが弾いているから、屍忌蛇だけでも出て欲しいなと。AUTO-MODは、80年代の横センが入ったばかりの頃のUNITEDといっしょにやっていて、今でもお付き合いはGENETさんともあるし、よくお店にも飲みに来てくれていたみたいだし、HALLYも仲良いから「AUTO-MODは声掛けなきゃね」と。大先輩だし。それを言ったら声を掛けなきゃいけないバンドもいっぱいいたんだけど。
 そうだね、最近のフェスは「こんなフェスなのにこんなバンドが出ちゃうんだ?」みたいな、そこからはじまるよね。俺はあまり観に行かないから別にいいじゃんと思ったりもするんだけど、確かにちょっと心の中では「例えばラウドパークだったらこう、OZZFESTだったらこういうものなんじゃないの?」って思ったりはします。でも別に日本でやるんだからいいんじゃないのって。そんな感じですけどね。
 15分って時間も飽きさせなくて良かったのかな。こないだ横センのお母さんとも話したんだけど、お母さん、ほとんどのバンド観ているんですよね。あのお歳で。一旦夜中にホテルに戻って仮眠されたそうですけど、すぐ2時間くらいで戻ってきて朝まで観ていたって。親族の人も横センと関係のあるバンドはみんな、ジャンル関係なく気持ちがあるから。FLOWだって「なんでFLOWが出るの?」って話でしょ? 甥っ子だからだよ。「世話になったんだからお前ら出てよ」みたいな(笑)。
 雰囲気良かったですよね。あそこまであんなにニコニコな良い雰囲気で、しかもみんな楽しく、いつもフロアがパンパンな状態で最後まで行けた。「こんなフェスはなかなか無いんだろうな。やっぱ横セン凄いな」と思いながら、俺も当日の進行でバタバタはしていたんですけど、終わってから改めて思って。周りからのメールなどで凄く励まされて、あとUNITEDを続けるって言ったことにみんな凄く喜んでくれて。まぁ続けるって言っちゃったんですけどね(笑)

--- これだけ出演バンド数がある上にオールナイトでの興行だと、タイムテーブルを作るのもひと苦労だったと思いますが?


大谷:大変でしたね。「ちょっと僕ら年寄りなんでなるべく早い時間に…」と言うとどのバンドか判っちゃうけど(笑) 遠くから来るバンド、例えばOUTRAGEは「新幹線で来るメンバーがいるからこの時間じゃないと」とか、ヌンチャクも「再結成するけどベースのヤツが今九州だから」とか、終わってから仙台に行かなきゃならないって言うHEAD PHONES PRESIDENTとか、あとK-A-Zくんも終わってから次の日滋賀行かなきゃいけないって。PASSPO☆も次の日があるし未成年も居たから早い時間帯じゃないと。だから大体のタイムテーブルが決まっていて、「BAT CAVEと冠君はドラムがYOUTH-Kでいっしょだから、これ繋げられるかな」といったような話し合いを、俺とテツと何回もメールしながら完成したんです。
 やっぱり深夜の遅い時間にやるバンドは少し頼みづらい部分もあったんだけど、RIVERGEの返事は「何時でもいいですよ!」だし、THE BROWNには「遅い時間になっちゃうんだけど、若いから平気だよね!」とか言って(笑) 誰かがその時間を受け持つことになるんだけど、その深夜の時間のTHE BROWNも凄く良いステージで。良い空間と雰囲気を醸し出していて。WHEELもね。WHEELはあの時間がぴったりだったね。みんな文句も言わずに「いいっすよ!」と言ってくれて。本当にね、出てくれたバンドさん達には頭上がらない気持ちで今でもいっぱいですよ。みんな充分にセッティングもできず、演奏時間も15分で、当然ギャラなんてものも出ず…こんなこと載せるのもナニだけど。それでもみんな文句も言わず、多少「スケジュールの問題で明日移動があるんで」とか「仕事が終わってから行くんで」というのはあって、タイムテーブル組むのは凄く大変だったものの、当日お酒の振る舞いしかできないけれど、みんなトラブルも無く、ちゃんとみんな来て、自分の楽器をちゃんと自分でセッティングして、片付けて、あとはお酒飲んで、タイムテーブル通りに朝まで進んで。
 真ん中でUNITEDが旧メンバーとやる時間があって、そこだけ時間が見えなかったので長く取っていたんですよ。事前に曲数は判るし、誰がその時のメンバーなのかも決まっていたけど、メンバーが入れ替わるじゃない? セッティングやなんだかんだで。その間、俺がMCをしたじゃないですか。そのMCが長い!と(笑) それで15分くらい押しちゃって。でも午前2時過ぎた頃から巻き返してきて、最後の午前6時前にUNITEDの出番があった時にはオンタイムに戻っていました。ただ、UNITEDの出番の何バンドか前からHALLYが寝ちゃって起きなくて(笑)、それで出番前に起こしていたんだけど起きなくて(笑)、それでまた少し押したんじゃないかな(笑)

--- 他のバンドの人たちは「HALLYさん偉いよ。ああいう時はビシっとしていてね、ずっと起きてたよ!」って言っている人が多かったんですけどね。


大谷:寝てた寝てた(笑) 最後楽屋の通路のはじっこの方で「あしたのジョー」のような形になって寝てた(笑)

--- UNITEDは最初と真ん中と最後でずっと緊張していなければならない感じでしたよね。


大谷: お酒飲んじゃうとダメだろうと思ったから、なるべく楽屋とかバーとかには顔を出さないでいました。出演バンドにはちゃんと挨拶しないといけなかったし、バタバタするからなるべくステージに居ようと思って、ずっとステージの右と左を行ったり来たりして。楽屋へ行くとワイワイ喋ってわーっ!となるじゃない? それで体力無くすだろうと思って、あの日はなるべくステージに居ようと。写真撮ったりして。


「あの日のあの雰囲気って、90年代くらいにあったチッタのオールナイトのような感じだったね」

--- 他のバンドのライヴも結構ご覧になられましたか?


大谷: kamomekamome以外は全部観ましたよ。kamomekamomeは自分がUNITED Lions Clubで終わった後にはじまったから、その15分だけは観られなかったですね。あとは全部観ましたよ。全部横に居て。

--- 印象に残ったバンドはありましたか?


大谷:全部素晴らしかったですよ。うん、みんな。何度も観るバンドも久しぶりに観るバンドも多かったんだけど、みんな熱い気持ちをステージの上からドカンと出しているのが凄く伝わってきた。トラブルもDOOMのPAZZのドラムが最後にトラブったくらいかな。あれね、俺横に居て直したかったんだけど、演奏中だからできなかった。PAZZのペダルが外れているのが見えるんだけど、直せなくて「PAZZごめんね」と言いながら、「でもこの曲もうすぐ終わるのかな」と思ったら途中でガシャーン!て壊して帰っちゃった(笑)。 あれはあれで格好良かったけどね。

--- あれは藤田さんも「横さんも喜んでくれたんじゃないか」って言っていらして。


大谷:こないだライヴにPAZZが観に来てくれて。「毎回やりゃいいんじゃないのアレ。次のチッタでも壊しちゃえよ」って(笑)

--- 話をタイムテーブルに戻すと、kamomekamomeからのヌンチャクなどはここじゃないと一生観られないって感じじゃないですか。凄いなって。


大谷: kamomekamomeも「早い時間がいい」と言っていたんだけど、後になって賢三が間に合わないって。そしてヌンチャクは早い時間じゃ間に合わない。だんだんヌンチャクとkamomekamomeの距離が近くなってきて、繋げてやっちゃうしかないと。向に訊いたら「その方が、逆にそのテンションでいけるから」と言うので繋がったの。メンバーのスケジュールの都合でそうなったってことですよね。
 ヌンチャクは俺もやってくれるとは思わなかったけど、向から「ヌンチャクでも」って言うから、はじめは冗談で「ヌンチャクでもいいよねー!」と言っていたんだけど、ヌンチャクのメンバーにメールしたら二つ返事で。「僕たちにできることはそれなんで、是非やりましょう」となって。「じゃあ1曲でもいいからやれたらいいよね」と言っていたら、しばらくして「4曲やれますから」って来て。「4曲もやらなくて大丈夫!」みたいな(笑) みんな練習して来てくれて、ベースは当日ぶっつけで。UNITEDとヌンチャクは常にいっしょにやっていたというわけじゃないんだけど、多分柏つながりで、俺つながりだったり、あと横センが当時からヌンチャクが大好きで。だから向がMCで「横さんには本当に可愛がって貰った」とずっと言ってくれていたの。

--- ほとんどステージにいらっしゃったということなので、バックステージのことは…


大谷:いや全然。バーがどんなことになっているのか、入口でみんながひっくり返ってたのも見てないですね。ずっとステージにいて、ちょっと楽屋に戻ったくらいだし。帰るバンドがいるんで挨拶だけとか、PASSPO☆のみんなが帰るから大谷さんに挨拶したいって言うんでちょっと行ったくらいですね。あとはステージ上を行ったり来たり。だからUNITED Lions Clubが終わって乾杯しただけで、あと一杯も飲まなかった。朝終わって地元に帰るまで。飲んだらユルんじゃうし、スタッフもいないじゃない? ほとんど身内だけでやっていてさ、全部ボランティアの人たちでやって貰っていたから。あくまでも飲むのは出演者とお客さんだって気持ちもあったし。
 でも自分も楽しかったですよ。演奏観ている方が。普段ライヴハウスに出向いてライヴを観るのも少なくなってきて。歳も取るとライヴハウスで3バンド4バンドってなると「えーそんなに観られないよ」となるじゃない。でもあの日は観ていて楽しくて、「次は誰だろうな」とか、何かあったら直してあげようとか。ローディーもあまりいなくて、チッタのスタッフがずっとひとりであちこちやっているから。でも「大谷さんがやったらダメでしょ」と言うから、「じゃあ何かあったら呼んでください」と言ってずっと観てた(笑)。
 あの日のチッタのあの雰囲気って、昔、90年代くらいにあった、PULLING TEETHのSUZUKIやUP HOLDの五十嵐が企画していたチッタのオールナイトのような感じだったね。あの頃のチッタのオールナイトって言うと、お酒飲んで、朝までやるんだけどさ、ステージなのかフロアなのかわからない感じで。MINOR LEAGUEやあの辺の時代のバンドがみんな出てくれたから、横フェスはあの時代の雰囲気を凄く出していましたよね。お客さんでもその時代を知っている人は楽しかったんだろうなって。気がつくと朝になっていたとかさ。
 あの頃、UNITEDもよくそういうフェスに出させて貰っていたけど、別にメタルのフェスとかじゃないんだよ。そんなの決まっていなくて。その90年代の独特の感じとか良かったですよね。
(次回につづく)

大谷慎吾(UNITED)

singo otani(@united45)さん | Twitter (3997)

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MASATOSHI YUASA vocal
SINGO OTANI guitar
YOSHIFUMI "Hally" YOSHIDA guitar
AKIHIRO "yoko" YOKOYAMA bass
AKIRA drums