PULLING TEETH インタビュー

2015年10月5日 更新 インタビュー
PULLING TEETH インタビュー
記事公開日:2015/05/11

演歌や民謡などが持つ、日本特有の「節」。
そこには、日本人を元気づけ、慰め、労り、先へ進ませる力強さがある。
6年ぶりにリリースされるPULLING TEETHのニューアルバム「フッコーブシ」は、そんな我々を奮起させてくれる「節」と、激しい音が真正面からぶつかり合った作品だ。「復興」という言葉を、音楽で体現したかのようなパワーが漲るPULLING TEETH流の「ブシ」を、是非体験してみて欲しい。
PULLING TEETH

PULLING TEETH

L to R
泰治(Bass), 仁(Drum), 寿々喜(Vocal/Guitar)、

PULLING TEETH:寿々喜(Vocal/Guitar)、泰治(Bass)、仁(Drum)
インタビュアー:星川絵里子

「もう照井君、(正式メンバーとして)やるでしょ?」みたいな。

--- 作品のリリースがあまりにもお久しぶりですので、まずは前作「THRASH CATS CRISIS」からの、バンドの足跡をお話いただければ、と。


泰治:2009年が終わって、ツアーを少しやったくらいですかね。


寿々喜:そうだね。ツアーが終わってね、俺は個人的に、仕事を探さなければならない、と。歳も歳だったんで。年にライヴ5、6本くらいだったかな。そういうのが2、3年続いて、その後震災があって、震災を乗り越えたくらいにまたライヴを始めたんだけど、そのくらいから智也(Dr. 2012年6月までバンドに在籍)の調子が悪くなって、抜けて、それと入れ替わるように照井君(仁)が入った、と。


--- 智也さんが脱退してから仁さんの加入は、その間わずか1か月くらいでしたよね。まずはサポートという形で。


寿々喜:智也っていつ辞めたんだっけ。


泰治:6月。んで、9月がAIR JAMだったから。


仁:俺、もう8月にはリハ入ってたから。


--- そうですね、オフィシャルサイトには、8月下旬にはもう仁さんがリハに入っていたとありました。


寿々喜:詳しいね~(笑)。なに?1回リハ入ったんだっけ?


仁:入りましたね、東京で。


寿々喜:ほんと~?(笑)


泰治:じゃあ、本当に間が空いてなかったんだね。


--- 何故そんなに早く(後任のドラマーが)見つかったんですか?


仁:「見つかった」って、なんか俺が隠れてたみたいになっちゃうけど(笑)。


寿々喜:そん時智也がもうダメってなって、まずはCOCOBATの前のドラムのRYOに連絡したんですよ。そしたらアイツも、最近就職して仕事が忙しくてって断られたんです。どうしようかな~ってなって、その時に…(ライヴが)決まってたのってAIR JAMだけだっけ?


泰治:だった…かもしれない。


寿々喜:AIR JAMだけだったら、照井君(の住んでる)岩手から仙台来るの車で1時間だから、照井君にやってもらおうかなってことになって。それで前の日に盛岡に行って、リハやって…朝は6時入りだったんだっけ?


仁:AIR JAMっすか?朝は…8時でしたね。


寿々喜:8時だっけ?そんな遅かったっけ?


仁:まあ、遅いっつっても朝4時くらいまで飲んでたんですけどね、俺らは(笑)。


寿々喜:んで、8時に集合した時には、「もう照井君、(正式メンバーとして)やるでしょ?」みたいな。


仁:「う、うん。やっぱそうなる?」ってなって(笑)。


寿々喜:まあ、そういう流れでね。


仁:もう…誘拐です(笑)。


--- 恐ろしい(笑)。でも、なんだか軽い感じだったですね


仁:でも、サポートに誘ってもらった時には、若干腹は決めてたんで。「来るかな、この感じ」みたいな雰囲気は感じてたし。


--- でも、まずはサポートのつもりで?


泰治:サポートとしては1回もライヴやってない(笑)。


寿々喜:リハに入った時点でもう決めちゃってたから。


仁:盛岡の時にはもう声をかけてもらってたんだよね「やんだろ?」みたいな。


--- オフィシャルサイトの発表では、8月末の時点ではまだサポートってことになっていたので。でも、ライヴを何本かやって決めよう、っていうんでもなく…。


寿々喜:最初、発表は10月くらいにしようかってことになってたんだよね。でもまあ、「やるでしょ?」って話になったから。


仁:「でも、(ライヴ)150本は嫌ですよ」って言って(笑)。


とにかく生活の基盤を立て直すのが最優先。そっちの方が重要だったので。

--- 先ほど、ライヴの本数を減らした期間があったとおっしゃっていましたが、そのことがストレスになったりはしませんでしたか?


寿々喜:あんまりそういうのはなかったです。とにかく生活の基盤を立て直すのが最優先。そっちの方が重要だったので。それが落ち着いたらまたやれるようになったし。それで、照井君をメンバーにしようって後押ししてくれた人がいるんだけど、それが今仕事をもらっている元請け会社の社長がいるんだけどね、その方というのが、実はDEMANTIAの親衛隊長だったの!


--- うわ!それは…ご縁ですね。偶然ですか?


寿々喜:まったくもって偶然。ある日仕事に行ったとき、機材車に乗って行ってたから、中覗いて「なんか楽器、面白そうなの色々持ってんじゃない?」って言ってきて。「どんなのやってるの?」って聞いてきたから、「多分知らないと思うんですけど、スラッシュメタル…」って言ったら「知ってるよ~」って。「実は私ね、昔、沢田泰司っていう…」って言うから「えっ?X(-JAPAN)の方ですか?」って聞いたら、「そう、その人と一緒に遊んでたの。小岩の辺りで」なんて言うからさ。こりゃおかしいなと思って、「あの~、昔葛飾の方でDEMANTIAっていうバンド…」「(被せ気味に)知ってるよ~!Geess小杉(現ハウリング・ブル社長で、DEMANTIAのヴォーカル)でしょ?だって俺、DEMAITIAの親衛隊帳だもん」って。というのがありまして…今日に至る(笑)。で、今その方には、PULLING TEETHの後援会長をやってもらってまして、その方から「仁ちゃんさ、面白いから入れようよ」って言ってもらって。


仁:そうですね。でもまあ、俺が「面白い人」ってなったのは、キャバクラでなんですけどね(笑)。


寿々喜:「お前面白いな、入っちゃえよ」ってね。


仁:そうそう。「キャバクラでそれ言います?」みたいな(笑)。


--- そのお話、もうちょっと掘り下げてもOKですか?(笑)


泰治:調子に乗って、ライヴの前日の朝4時くらいまでキャバクラで遊んでて。


--- えっ?まさにその時?!


仁:そう、AIR JAMの前の日(笑)。


寿々喜:そうだった!その時俺は先に、6時に会場行ってたんだ。


泰治:そうそう、別だったんだ。で、朝帰って30分くらいしたら照井君が迎えに来てくれて、「AIR JAM行くぞ」って。


--- それ、完全にお客さんの感覚ですよね。出演者じゃない(笑)。


仁:顔真っ青だし、若干震え気味だった(笑)。


--- でも、なんだかとっても収まりの良い3人、という感じがしますね。


仁:うん。結果的にね。


寿々喜:やっぱり、照井君も知り合ってから20年近くなるんで。


仁:でも、俺はすげー練習したんだけどね(笑)。(寿々喜に)「練習なんかいいよ~」って言われて「いや、よくないだろ!」って。そこはタメ口でいきましたからね(笑)。



--- でも、そんなにすんなりと決まったとは思っていなかったのでびっくりしました。というのも、智也さんは長くバンドに在籍していましたし、オフィシャルサイトに出した智也さん脱退のニュースで、寿々喜さんの声明が、ちょっと悪態と含みつつ、でも感謝もしているという、意味深いもののように感じたので、智也さんの穴はかなり大きかったのではないか、とお見受けしていたんです。


寿々喜:確かに智也はドラマーとしては一番長かったんで。いなくなった時…なんていうかね、辞め際が美しくなかったから。俺の中でね、(智也が)何を言ってるのか分からなくなっちゃってね。まあ、ちょうど震災直後だったけど、あいつの中でそんなに原発が影響しているとも思えなかったし。住んでるところも離れてるから。それと、自分ちの稼業が震災で滞っていたとか、そういうのもあったと思うんだけど、色々重なって…なんかグダグダになっちゃって、「ライヴをやらねえ」って言い出して。俺の中で、もうダメだなって思ったのが、東北の方だったら近くていいと思って、東北でライヴをすることになったんだけど、どっかのライヴを2回連続でキャンセルすることになっちゃって、こりゃあもうやべえな、と。


--- そのキャンセルの切っ掛けが、智也さんだったと?


寿々喜:そう。智也が「行けません」って言うから。でも、俺に本心は語らなかったけどね。じゃあ、最後に福島行くからその時に話をしようってことになって、「智也、最終的にどうしたいの?」って聞いたら「バンドを続けることが出来ません」って言うから、「じゃあ、分かった。もういいよ」って。そんな感じ。


--- で、今回SLANGのKoさんの新レーベルからアルバムをリリースすることになりましたけど、これまでPULLING TEETHは自主、メジャー、インディーズと様々な形態のレーベルから作品を出してきましたよね。その経験が、バンドにどのようなものを残していると思われますか?


寿々喜:あんまり…今回のリリースに関しては、経験は生きていないと思う。まだ出す直前なんでね、なんとも言えないところもあるんだけど。Ko君は、もちろん知り合ってから長いんですけどね、GRUBBYの頃からだから。でも、今回はKo君が照井君のところに「どうなんだ?」って連絡をくれまして。


--- 仁さんが切っ掛けになったんですね。


仁:まあ、そうですね。(横山)健さんとかHAWAIIAN6とかと一緒にやったりしてて、気にかけてくれていたのか、(Koが)「今度PIZZA(OF DEATH)の中でレーベルをやることになったんだけど、今(PULLING TEETHは)どういう状況なの?」って、今の所属とか、そこから次出さなきゃいけないのかとか色々聞いてきて、「いや、何にも関係ないんじゃないですか?」って俺がツルッと答えてて、「よかったら(自分のところから)出さないかな?寿々喜君に聞いておいて」って言われて。「ありがたい話だから受けましょう」ってことになったんです、はい。


--- で、今回6年ぶりに新しいアルバムをリリースするにあたって、新たにPULLING TEETHを知って、過去の作品を聴きたいという人も出てくると思うんですが、レコード屋さんやネットの通販とかを調べてみたところ、なかなか手に入らないんですよね。ミュージシャンとして、過去の作品がリスナーの耳に届きにくい状況というのをどう思われます?


泰治:まあ、聴きたい人がいて聴けない状況っていうのは、好ましくないですけどね。でも、それに対して、やってる側としては、ライヴで聴いてもらうしかない。それ以外に方法がない、正味な話。確かに昔の音源は音源で、どっかが出してくれていたら、それは一番いい状態ですけど、それはまあ、色んな問題もあるでしょうし。自分たちとしては、それをライヴでやるしか方法がないかな、と。


--- つまり、「ライヴに来い!」と。


泰治:そうですね。


震災があったことで「もうバンドも諦めなきゃいけないのかな」って思ったくらいで、曲も作れなくなったし。

--- では、その新しいアルバムのお話を。まずは、タイトルが非常にストレートで…いや、ストレートと見せかけて、カタカナ表記である、というのがとても気になったんですが。


寿々喜:もう…なんかあの…やっぱり…カタカナなんですよ、だから(笑)。「復興節」ってね、確か関東大震災だか第二次大戦だかの時に出来たのがあるんですよね、漢字で「復興節」っていうのが(註:関東大震災が正解)。なので、「これはまずいな。よし、カタカナだ」っていう、ただそれだけのことで。まあ、それだけってこともないんだけどね。


--- ちょっと深読みすると、漢字で「復興」と言ってしまうと、仰々しさや生々しさが出てしまうところを、カタカナで柔らかくしているのではないか、と。


寿々喜:(だんだん小さく)カタカナ…カタカナ…カタカナなんですよ…(笑)。なんか、イメージで…そう、前に石巻でやった「復興都市(フッコーシティ)」っていうイベントがあったんだけど、それが昔日本のバンドマンが出た映画で「爆裂都市(バーストシティ)」(1982年公開。出演は陣内孝則、泉谷しげる、町田町蔵、スターリンなど)っていうのがあって、それを思い出して、「爆裂都市っていいな。復興都市にしようかな」って、そのイベントは(タイトルを)つけて。で、カタカナの方がいいかなって思って、それくらいなんですよ。


--- 「節(ブシ)」っていうのは、「ソーラン節」とか「炭坑節」とか、働く人を奮起させる音楽というイメージのものですよね。そういうテーマのようなものが先にあったんですか?


寿々喜:いや、後付けですね。曲を作り始めたのが2010年の暮れで、もうその時には2曲くらいアイディアが出来ていて、その時になんとなく泰ちゃんに言ったのは、「今度曲を作る時には、演歌的な感じのものがやりたいんだよね」っていうのはちょこちょこ匂わせていて。


--- もうその時点で、次の作品のプランがあった、と?


寿々喜:出すならそういうのにしたい、っていうくらいだけど。その前に出した「THRASH CATS CRISIS」はね、あまりにも時間が短すぎて、あんまりスタジオに籠れなかったんですよ。それも相まって、自分でやってはいるんだけど…なんかこう、物にし切れなかったなっていう悔しい部分があって。そういうのを解消する為になんかいい手段はねえのかなって思った時に、叫び声じゃなくて普通に歌ってみたらどうか、もしくは日本語で、自然に発声出来るような言葉でやった方がいいのかなって。で、その次の年に津波が来て、そういうことが色々ひっくるめられて今に至った、と。なんとなくそんな感じですね、大雑把に言うと。


--- プラン自体は随分前からあったんですか。かなりあっためましたね。


寿々喜:すんごいあっためて。でも震災があったことで「もうバンドも諦めなきゃいけないのかな」って思ったくらいで、曲も作れなくなったし。そのリハビリには何か月もかかりましたね。なかなか大変でした。


--- ちなみにですけど、震災がまさにあった時って、何されていました?


泰治:お仕事です。


寿々喜:お仕事です。


仁:家にいました。お仕事の前です。買い出しに行こうかなって思ってたところでしたね


泰治:僕は静岡なんで。


寿々喜:そんなに揺れなかった?


泰治:いや、そん時仕入れに行ってて、時間が時間だったんで、その時売れ残ったものが冷蔵庫に入ってたんですよ。それを選んでる時だったんですけど、周りがワーワー言ってて。


仁:俺なんか家がパキっていくんじゃないかって。


--- この震災を切っ掛けに、先ほどもおっしゃっていたバンドのこととか、或いは生活のこととか、考え方が変わったことが色々あったと思うんですけど。


仁:俺は、知り合いの人とかが宮古で死んだり、山田で死んだりしたんですけど、なんていうか…人って死ぬんだなって。そういうのを認めたくないっていうのもあったんですけど、病気とかじゃなくてもこういうことで死ぬんだなっていうのがあって。またちょうどいい時期に子どもが生まれたりもしてるんで、かっこつけてねえでちゃんとしないと、いつ死ぬかわかんねえなって、そういう考え方は変わりましたね。震災のすぐ後にサポートの仕事で沿岸に行ったりしたんですけど、「えー演奏とかまずくない?」って思ったりしながらも、最前列で年寄りが泣いてるのを見たりして、「なんだろう、この感じ」っていう。なかなか理解は出来ないですよね、「なんだろう、ダメだこりゃ」みたいな。


--- 確かに、震災の直後ってエンターテインメント的なものが自粛ムードにありましたけど、今「復興」を掲げるアルバムを出すっていうのは、やはりこの時期だから出来ることだという考えがあってのことですか?


寿々喜:やれるんだったら、出せるんだったら、すぐにでも出したいっていうのはあったかな。


仁:俺、自分で店やってるんですけど、正直潰れそうでしたもんね、本気で。まあ、音楽どころじゃなかったよね。寿々喜さん家は実家ぶっ壊れてるし。


寿々喜:「玄関に刺さってるこの車、いつまであるのかな?まずこの車どかさないと」とか、そういうノリだったからね。震災の時はとにかくもう、感覚が麻痺してしまってたから。


仁:やんなきゃいけないことが多過ぎましたからね。


寿々喜さんを知っていると、歌詞が面白い。人となりがね、普段言ってることと変わらないな

--- 落ち着いた今だからこそ、「復興」という言葉を自分たちから発信できるっていうのもあります?


寿々喜:復興に関してはね、泰ちゃんは全く関係ねえと思うんだ。俺はやっぱり、立場的に歌詞なりを書くから、俺の勝手で「復興」という言葉を使っているだけであって。



--- 「節(ブシ)」っていう言葉には、支援する側だけでなく、される側も奮起させるような意味合いも感じられますよね?


寿々喜:なんていうのかな…田舎が被災して、向こうに結構行ってるんだけども、自分ちの親とか親戚のことで手いっぱいで、何にも出来なくて。その時に、県外からボランティアとかがいっぱい来て、色々やってくれるんですよ。そういうのを傍から見ていたからでしょうね。「すげーな」って、ただそう見ることしか出来なくて、それに対して自分は何にも出来ないのかなって思っているうちに、「“フッコーブシ”っていう曲を作ったらいいんじゃないか?」って、なんとなく思ったんですよね。それをやっと形に出来たっていう。その後にしても、AIR JAMに誘ってもらったりとか、それも復興つながりで誘ってもらっているんで。SLANGのKo君がすごく支援してて、Ko君が送ってくれる物資っていうのも、鉄槌のドラムの千葉君経由で結構な量を送ってもらって、そういうことの感謝の気持ちもあったし、たまたま照井君のところに「アルバムどう?」なんて話もあって、本当にありがたくて、それで今回お願いしたっていうのもあるんですけど。


--- なんというか、音楽性の幅がものすごく広がりましたよね。変わった、というのとはちょっと違う気がしますし、Aの物がBの物になったのではなく、まさに「広がった」という言葉がふさわしいというか…


寿々喜:そうですか?そう思うんですか?


--- え、おかしいですか?


寿々喜:いや、そんなことないけど(笑)。


--- ご自分たちでは仕上がりをどう思われていますか?


仁:そりゃもう、最高傑作だと思いますよ、俺は。まあ、俺はこれが1枚目ですけど、自分がやってるからなのか分からないけど一番いいですね(笑)。今はメンバーですけど、もともとPULLING大好きな、第三者なんで。


--- メンバーになってからも、その第三者目線っていうのは?


仁:新しいものに関してはないかな。


--- アルバムを作っている時は、これまでのバンドのイメージみたいなものを考えつつ、みたいなのは?


仁:それもないんですよ。俺、(誰かの)代わりで入ってないから。結局、智君のコピーしたら智君以上にはならないので。「俺なんですいません」っていう(笑)。そこをもし「前の方がよかった」って言う人がいるんだったら、「だって俺じゃねえもん」っていう気持ちで最初からやってるんで。


--- お二人(寿々喜・泰治)はどうですか?


泰治:そりゃあ、一番新しいのが一番最高ですよ。いつもそういう気持ちでいないと。でも、それ以外のことでも、日本詞になって、今までのPULLINGの英詞も歌詞とか見てましたけど、気になるところしか意味とか考えなかったですからね。(日本語の方が)ダイレクトに耳に入ってくるから、面白いですよね。何が面白いかっていうと、寿々喜さんを知っていると、歌詞が面白い。人となりがね、普段言ってることと変わらないな、こういう言動の人だよなって。嘘のない言葉だから。


--- と、仰られていますけど。


寿々喜:その通りだと思います(笑)。


--- 日本語でへヴィな音をやっているバンドって、言葉遊びや響きなんかと重要視しているものも結構多いですけど、この作品はそういったことよりも、ストレートな言葉に終始していますよね。


寿々喜:自分の経験が一番歌にしやすかったのか、浮かんできたのがこれだったのか、ちょっと分からないですけど、「よし、歌詞を書こう」と思ってスラスラスラっと出てきたのは、こんな内容です、って言ったら簡単な説明ですけどね。でもホント、そんな感じなんですよ。一応大まかに、「この曲はどうしようかな」って思った時に、例えばサビの部分のワンフレーズだけ出てきたりするんですよ。「きっとこんな風に」(“オヤトコ”より)とか、そこから広げていったり。難しい言葉も知らねえし、かっこつけた言葉を言ったって、そんなかっこいいことしてねえじゃん!ってバレちゃうし。そんなかえってかっこ悪いことはしたくないし、あくまで自然な流れでっていうのを意識したのか、それも自然に考えたことなのかは分からないけど。


--- (“オヤトコ”の)「いろんな所に連れて行ってくれた」というざっくりした想い出が、かえってリアルな感じしますもんね。


寿々喜:そうそう。タイトルを決めてないのに、(サビのワンフレーズから)「あ、これ父ちゃんの歌だな」って思ったり。タイトルの言葉だけ出てきてて、そこからっていう逆のパターンもあったし。色んなパターンがあったんで。


--- 歌詞があっての曲ではなく、曲に歌詞を当てていくスタイルですか?


寿々喜:曲が全部出来てから歌詞作りをしました。ただ、なんとなく今までは(ライヴで)ただ叫んで暴れてってやってたけど、こういう父ちゃんの歌を「俺は寂しいよ!」って歌いつつ、俺はどういう動きをするんだろうって、自分でもまだ分からないっていう。


--- ライヴでの動きが想定出来ない、と?


寿々喜:うん。どういう動きするんだろう。まったく想像出来ない。


--- でも、楽しみでもありますよね。


寿々喜:楽しみだよね~。まあ、あんまり変わらないとは思うんだけど。


--- 歌唱法も曲によって変えていますし、リズムの軽快さがストレートな歌詞を受け入れやすくもしていると思います。その制作過程はどんな感じだったんでしょうか?


寿々喜:曲に関してはもちろん、3人でスタジオに入ってやってたんですけど、歌に関しては家で俺一人でやってたから、レコーディングまでみんな知らないんですよ。


泰治:録り終わるまで分かんないんです。まあ、それは毎回のことなんですけど。


--- えっ?じゃあ、後で聴いて「うわ!こんな風になったんだ!」みたいな?


泰治:そうですよ(笑)。


仁:「お~ッ!!」みたいな(笑)。


--- ちょっと意外な…。歌詞にも歌唱法にも変化があって、それをどう聴かせるかという3人の切磋琢磨があったのかと思っていたんですが。


寿々喜:まあ、そう思う分にはいいんですけど(笑)。まず、住んでるところがバラバラなんで、リハに入れないんですよ。月に1回リハに入って曲作りをやってきて、それで1年間くらいかけたんで。レコーディングの直前にカラオケの部分が仕上がったっていう状況だったし、それでまた歌を練習しながらまた聴けよっていうのは出来ないんでね。でも、いいやり方だったと思います。



--- 前作の時に、あまりスタジオに詰められなかったと仰っていましたけど、今回はその点は克服出来ました?


寿々喜:大雑把に、いつまでに曲が完成していれば、あと2か月は歌に費やせるな、みたいなのはあって、その分結構余裕はありましたね。直前くらいまで考えた曲もありましたけど。前の時は、なんかこう…やりとりがうまくいかなかったっていうのもあったんで、時間がまったく足りなかった。今回はその辺もクリア出来たんで、作品に関しては思い残すことは全くないですね。新天地で恥を掻きたくなかったし。


--- やり切ったという感じはすごく伝わってきます。


寿々喜:(無声音で)やり切った~(笑)。


仁:ホント、疲れましたもんね。若干燃え尽き症候群みたいになって(笑)。2月あたりはもう、ふわ~っとしてた(笑)。1回頭の中が空になっちゃったもん。


「実は」っていうものとか、二重の意味があるとかいうのは一切ないんです。ホント、どストレート。

--- じゃあ、今こうしてようやくまた振り返れるという感じですかね。では、アルバムの中身についても少し。1曲目の“和を背負う”ですけど、イントロでそれぞれのパートの聴かせどころを作っていますよね。まずドラムがあって、ギターがきて、ベースがきて。バンドからのご挨拶というか、自己紹介的なものを感じるんですが。


寿々喜:いいこと言うね~(笑)。3人で決めたんだよね、これが1曲目がいいんじゃないの?って。最初の2バスのパートは入ってなかったんで、ある日曲を聴きながら「この速さに2バス乗ったらどうなんのかな?」って考えて。


仁:最初、前半を全部2バスにしようぜって言ってたんだけど、なげーよ!!って(笑)これはマズいと、ハマるパターンだなって(笑)。


寿々喜:やっぱり1曲目は速い曲がいいかなって思ってね。


PULLINGTEETH -和を背負う(OFFICIAL VIDEO) - YouTube

PULLING TEETH 7th Full Album"フッコーブシ" 5/13 On Sale!! http://inmyblood.jp dir.OC STUDIO ( Usugrow, Miki Matsushima, Takashi Kitsunai )

--- 冒頭で“和を背負う”っていうタイトルをコールしてますよね。この言葉って、聴こえようによっては、祭りの「ワッショイ」のようにも聴こえますし、歌詞が入れ墨のことで、「入れ墨は端に追いやられがちだけど、そんなのは関係ないぜ!」っていう、理不尽と戦う気持ちが籠っている内容なので、超深読みで「War show」とも聴こえるように感じたんですよね。


寿々喜:知らねえよそんなの(笑)。


泰治:深読みし過ぎですよ~(笑)。


--- すいませんッ(笑)。あまりにも言葉のすべてがストレートなんで、色々な意味に捉えられるような仕掛けがあるのではないか?って勝手に思っちゃったんです。


寿々喜:歌詞で、「実はこういう意味があるんだよ」っていうことは一つもなくて、その言葉通り。全曲その言葉通りなのよ。勝手に思う分にはいいの。でも、こちらから「実は」っていうものとか、二重の意味があるとかいうのは一切ないんです。ホント、どストレート。そのまんま。


--- 訴えかけるようなものから、寿々喜さんの極々パーソナルなこともかなり盛り込まれていますよね。そういう、ご自分のことをさらけ出すことって、すごく勇気がいると思うんですけど。


寿々喜:あんまり、勇気とかは考えたことはないですね。今の俺にはこのくらいの言葉しか出せないってとこです。


--- 将来的にはまた違ったアプローチのものが?


寿々喜:まあ、あと2年後にアルバム出しますってなった時には、もっと攻撃的な言葉になっているかもしれないし、ナヨナヨした言葉になっているかもしれない。だから、等身大ですね。今はこれしか作れない。


--- では、最後になりますが、ご自分たちが第三者として、このアルバムを聴いた時、どんな気持ちになるか想像して、一言いただけますか?


寿々喜:第三者として…このアルバムを聴いた時?「こんなかっこいいもの作る人いんの?」かな?(笑)


仁:でもホント、そんな感じ。


泰治:「アガる~!!」って感じですよ。


仁:今回のヤツは、ライヴをやった時に、みんなで歌えるんじゃないかなっていう。そんな期待もありますよね。


PULLING TEETH 最新音源情報

 (3253)

バンド名:PULLING TEETH (プリング・ティース)
アルバムタイトル:フッコーブシ
レーベル:IN MY BLOOD RECORDINGS
発売日:2015年5月13日(水)
価格:2,190円(税抜)
品番:PZCI-3
フォーマット:CD

<収録楽曲>
01. 和を背負う
02. 御命頂戴
03. 男
04. 此処にいるよ
05. オヤトコ
06. 独り言
07. 酔うも酔わぬも
08. 世界のゴロツキ
09. 追い風
10. フッコーブシ
11. 原動力
12 .気にならねえ
13. 起きろ

PULLING TEETH フッコーブシ ツアー

2015年7月19日(日)石巻 BLUE RESISTANCE
2015年7月20日(月・祝)宮古 KLUB COUNTER ACTION
2015年7月25日(土)新代田 FEVER
2015年8月29日(土)熊本 DJANGO
2015年8月30日(日)福岡 Kieth Flack
2015年9月23日(水・祝)札幌 KLUB COUNTER ACTION
2015年9月25日(金)稚内 HERAT BEAT CAFE
2015年9月26日(土)旭川 CASINO DRIVE
2015年9月27日(日)函館 otoraku
2015年10月9日(金)松山 SALON KITTY
2015年10月10日(土)高松 RIZIN’
2015年10月11日(日)福山 INN-OVATION
2015年10月30日(金)名古屋 TIGHT ROPE
2015年10月31日(土)清水 ARK
2015年11月1日(日)渋谷 Gallet
2015年11月21日(土)弘前 Mag-net
2015年11月22日(日)八戸 Roxx
2015年11月23日(月・祝)盛岡 the five morioka