目次

記事公開日:2015/06/30

 誰しも幼少の頃は、自ら好きな音楽を選択するといったことは基本的にないと思うんですよね。特別な英才教育を受けていた人は除くとしても、家庭はもちろん、幼稚園や保育園で親しむ童謡だったり、テレビアニメの主題歌だったり、小学校の音楽の授業で習う様々な楽曲だったり……。バックグラウンドとしては必ずしもそれだけではないでしょうが、そんな中からいつの間にか好みの音楽というものが確立してくるのですから面白いものです。
 いろんなミュージシャンに取材をする中で、しばしば音楽的なルーツの話題になることがあります。楽器を始めるキッカケになったり、ロックというものを意識して聴くようになったりしたアーティストは誰だったのか? それ以前に好きだったアイドルは誰だったか? 同じバンドのメンバーでも多種多様で、なかなか面白い回答が出てくるものです。みなさんもお酒の席などで、こんな話で盛り上がったこともあるのではないかと思います。
 ことロックに関しては、たいてい小学校高学年から中学校時代に初めて衝撃を受けたという例が多いような気がします。身近な友人の影響もあるでしょうし、年上の兄や姉から教えてもらった人もいるでしょう。昨今は両親がもともとロック好きだったという人も少なくないかもしれません。  ただ、やはり最初のうちは、テレビに出ているような知名度の高い人気アーティストが入口になるケースが一般的ですよね。そこから音楽というものに本格的にハマるのかどうか、その分岐点になるものは何なのかはわかりませんが、まず好きになった人たちに近いところから、趣味の範囲が広がっていったという経験は、おそらく多くの人に共通するところだと思います。
 ファンクラブに入るほど、とあるアイドル・グループにのめり込んでいた友人が、あるときMETALLICAに衝撃を受け、その後はスラッシュ・メタルにどっぷりつかって、さらにはデス・メタル・バンドまで結成したなんていう、身近で起こった極端な例を思い出しましたが、こんなことを書きながら、何年も前にCASBAHの羽鳥恭充さんにインタビューしたときの話も、ふと甦ってきました。
 知らない方に向けて簡単に説明しますと、CASBAHとは、日本のスラッシュ・メタル・シーンを生み出し、牽引した重要バンドの一つで、現在も熱狂的な支持者が存在しています。彼らの激しいサウンドを軸にした音楽性の基盤となるものは、当然、ハード・ロック/ヘヴィ・メタル、パンク/ハードコアになるわけですが、そこに至るまでには個々に様々な音楽体験をしてきたわけです。 「最初はみんな雑誌の表紙に掲載されるようなバンドが好きになると思うんだ。でも、そこからいろんな音楽に触れていくと、(アンダーグラウンドなところには)もっと凄いバンドがいたんだよね」。当時の羽鳥さんの発言はそんな趣旨のものでした。その場から一歩踏み込んでみることで、自分がそれまで知らなかった世界への扉は開かれる。言葉にすれば、至極当然のことではあるのですが、音楽を聴く楽しさを、こういった行為も含めて実践するかどうかで、その後の広がりは大きく変わってくるでしょう。
 キッカケは何でもいいのだと思います。むしろ、目の前にある何らかの事象をキッカケと捉えるかどうか、なのでしょうね。


 こんなことを改めて考えたのは、SIGHの新作『GRAVEWARD』が届いたときでした。欧米では4月、日本ではこの6月にリリースされた10枚目のアルバムです。過去の作品でも同様ではあるのですが、彼らにしか成し得ないであろう、唯一無二のスタイル。今回も感服すると同時に、思わず笑みがこぼれるほどでした。やはり、このバンドは違うな、と。
Sigh / Graveward

Sigh / Graveward

アーティスト・タイトル:Sigh / Graveward
フォーマット:CD
レーベル:Rubicon
品番:RBNCD-1189
価格:2,380円(税抜)
2015年6月17日発売

<収録曲>
01.Kaedit Nos Pestis ケイディット・ノス・ペスティス~疫病が我らの頭上に ~

02.Graveward グレイヴウォード
03.The Tombfiller ザ・トゥームフィラー

04.The Forlorn ザ・フォーローン

05.The Molesters of My Soul ザ・モレスターズ・オヴ・マイ・ソウル

06.Out of the Grave アウト・オヴ・ザ・グレイヴ

07.The Trial by the Dead トライアル・バイ・ザ・デッド
08.The Casketburner ザ・カスケットバーナー 

09.A Messenger from Tomorrow ア・メッセンジャー・フロム・トゥモロウ
i) The Message ザ・メッセージ
ii) Foreboding フォーボーディング
iii) Doomsday ドゥームズデイ

10.Dwellers in Dream ドゥウェラーズ・イン・ドリーム



Japan Bonus Track

11.Graveward Suit

12.The Tombfiller (Alternate Guitar Solo Version)

13.The Forlorn (Europe / US Original Version)

14.The Molesters of My Soul (Alternate Version)
15.Out of the Grave(Previously Unreleased Demo Version)

16.Dwellers in Dream (Alternate Guitar Solo Version)
 海外のメタル・ファンと話をすると、彼らが知る最も有名な日本のバンドは、当然、LOUDNESSなんですね。1980年代の世界的なヘヴィ・メタル・ムーヴメントにおいて、積極果敢にアメリカやヨーロッパへと遠征し、メジャー・レーベルとの長期契約も実現させるなど、LOUDNESSの活躍はグローバルなものとして認知されています。実はその次に名前が挙がることが多いのがSIGHだというと、驚かれる人もいるかもしれません。いつだったかの『LOUD PARK』で、DRAGONFORCEのメンバーがSIGHのバンドロゴ入りTシャツを着用してステージに上がっていましたが、それも何ら意外なことではないわけです。
 日本でもヘヴィ・メタルが一大ムーヴメントとなった1980年代。『METALLION』(vol.53)のコラムでも少しだけ触れたのですが、その盛り上がりに陰りが見えてきた1990年代初頭から、国内のアンダーグラウンドなシーンでは、確実に新たな動きが起こりつつありました。
 当時、日本のバンドの多くは、国内のレコード契約をまず考え、そのうえで海外でのリリースを狙うケースが一般的でした。ところが、1990年に本格始動したSIGHが当初からグローバルな展開を見据えていたのは、やはり注目すべき点だと思います。今でこそ、欧米等のヘヴィ・メタル専門レーベルと直接契約をする例も散見されますが、その先陣を切ったのは彼らだったと言ってもいいでしょう。ブラック・メタル界で一目置かれるMEYHEMのユーロニモス(g)が彼らに共感し、自身のレーベルと契約したのは大きなトピックでした。
 以降、発表されるアルバムは、そのつど欧米を中心に話題となりましたが、特に初期は日本盤が発売されることがなかったため、国内の大手メディアがSIGHを採り上げる機会はほぼなかったのです。日本と海外での彼らの知名度に大きな隔たりがあるのは、残念ながら、こういったビジネス上の障壁が存在していた事実も無関係ではないはずです。だからこそ、初めてSIGHの作品に触れた人は感じると思うのです、「(アンダーグラウンドなところには)もっと凄いバンドがいた」と。
SIGH / 川嶋未来

SIGH / 川嶋未来

 彼らの音楽性はブラック・メタルの範疇で語られることが多いと思います。ただ、根本的なところでは独自の普遍性があるにしても、その表現の仕方はアルバムごとに様々なものがあります。そのいずれに関しても言えるのが、やはり他と一線を画す個性ということになるでしょう。ジャケットのアートワークからも見えてくる、美と醜を並立させて描くホラー映画のような恐怖感。音楽的な実験精神も随所に表れており、いつしかSIGHのスタイルを形容するものとして、アヴァンギャルドという言葉もしばしば用いられるようになってきました。
 初期のスラッシュ・メタルを想起させる粗暴さ、ブラック・メタル特有のアトモスフィア、シンフォニックなサウンド・アレンジ、ジャズに通じる即興的要素等々。一つ一つの楽曲はこういった多彩なエッセンスが複合的に組み合わされています。おそらく、ほとんどのリスナーにとっては、「今まで聴いたことのないメタル」ではないでしょうか。それを難解と捉えるかどうかは個人差があるものの、知的好奇心をも煽る、意表をつく展開は興味深く映ることでしょう。
 通算10枚目となる『GRAVEWARD』がいかにして生まれたのか、その経緯などは、リーダーの川嶋未来さん(vo&key)が日本盤に封入されたライナーノーツで自ら記されていますので、ぜひご一読いただきたいところですが、アルバム自体、“シネマティック・ホラー・メタル”と称される世界が存分に堪能できる内容に仕上がっています。
 多くの客演陣が華を添えているのも注目点でしょう。日本のKELLY SIMONZ'S BLIND FAITHからケリー・サイモン(g)、アメリカのTRIVIUMからマット・ヒーフィー(vo&g)、スウェーデンのSHININGからニクラス・クヴァルフォルト(vo)、ギリシャのROTTING CHRISTからサキス・トリス(vo)、イギリスのDRAGONFORCEからフレデリック・ルクレリク(b)。この顔触れもSIGHならではと言っていいと思います。
SIGH / Dr. Mikannibal

SIGH / Dr. Mikannibal

アルバムに耳を傾ければ、ライヴも気になるに違いありません。海外公演の数に比べても、日本のリスナーがライヴを観られる機会も多くはないのですが、オフィシャル・サイトに掲載されているステージでの写真などからも、彼らのパフォーマンスの雰囲気は伝わってくると思います。つい先ごろ出演したベルギーのフェスティヴァル『GRASPOP METAL MEETING』の模様もアップされました。
 個人的にSIGHを知ったのは1990年代半ば、初めて入手した作品は確か2ndアルバム『INFIDEL ART』(1995年)だったと思うのですが、それ以降、常に彼らの新音源を楽しみにしています。結成25周年となるアニヴァーサリー・イヤーに発表されることになった今回の『GRAVEWARD』も言わずもがなでした。このコラムをキッカケに興味を持ってくださる方がいれば幸いです。その歩みも含めて、もっともっと彼らは知られるべきバンドだと思いますしね。
2015年6月30日
土屋京輔/KYOSUKE TSUCHIYA

SIGH

関連する記事

関連するキーワード

著者