2015年10月5日 更新

Vol.3『肉弾系バンド、BOLD FAT MISSILE(後編)』

記事公開日:2015/05/30

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記事公開日:2015/05/30

このコラムをご覧の皆様、おはようございます。こんにちは。こんばんは。

私は現在、旅の途中。高速バスに揺られながら、この原稿を執筆している次第。

車窓からうかがう、初夏の風景。タイピングしながら時折目に入る新緑。SAでの休憩時には小鳥たちのさえずりをBGMに…。

それはもう、ちょっとした文豪気分を味わいながらの和☆ジャーニー。

…。


って、そんなゆったり感など無く!!ちょっと〆切過ぎたので移動時間を利用してのケツカッチンにて作業中。スタッフの皆さんごめんなさいすみませんm(_ _)m

さて、そんなしょーもない小話は置いといて、前回の続きを!!
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BOLD FAT MISSILE、遂に念願となる1stアルバムを、日本が誇る世界のドゥーム/ストーナー・ロック・バンド「Eternal Elysium」のリーダー、岡崎さんのスタジオ「STUDIO ZEN」にてレコーディング。アルバムが仕上がるタイミングには、OUTRAGEの丹下さんからのオファーを受け、トリオ時代のOUTRAGEの音源をリリースする為にバンド自身で設立したレーベル「30min. Records」からのリリースも決定。
BOLD FAT MISSILE / PSYCH OUT

BOLD FAT MISSILE / PSYCH OUT

その後、リリースに併せたライヴも各地にて続々と決定するなど、ようやくスタートラインに立てたなぁ、という実感に包まれていたのです。

が。ここからが悲劇の始まり。

リリース・ツアーで決定していた浜松でのライヴは、何故かそれまでにすれ違いの連続で絡みがなかった大先輩、JURASSIC JADEとの初共演!その浜松公演を目前にしてJURASSIC JADEの名古屋公演があったので、ご挨拶に伺い、打ち上げでも盛り上がり、いよいよ初共演に向けての士気もマックスになった、まさにその時!!

ドラマーのシンキチから一本の電話が入り、「原因不明の熱が出て入院する事になりました」と。
もうね。

俺、白目。

盛り上がっていた皆さんにも何と報告してよいやら。

とにかく状況を確認しますという事でその日はお開きに。

俺の目も白目を剥いたまま半開きに。

まぁしかしながら、入院というのは只事ではない。しかもその後は集中治療室に移動したとの事で、我々も心配どころの騒ぎではない。

その翌日だったか数日後であったか、ギターのかんちゃんと2人で病院に向かい、白衣を着て、消毒をしっかりして集中治療室に入ると、そこには身動きが取れないシンキチの姿が。

が、あまりにも2人の、特に俺の白衣姿がシンキチ的には面白かったらしく、笑いたいのに神経が麻痺していて笑えず、呼吸困難になりかけたみたいで、病気そのものよりも、

こ の 時 が 一 番 死 に か け た ら し い (笑)

オマケに我々、集中治療室で出禁食らうし(笑)

とにかく生きている状態は確認したものの、これはライヴどころではないと判断し、浜松とそれ以降のライヴはキャンセルに。

その病気とは「ギランバレー症候群」という、10万人に1人の確率で発症する難病。故・安岡力也さん(ホタテマン)や故・大原麗子さん、デューク東郷(ゴルゴ13・二次元)もこの難病に掛かってますね。専門的な事など、詳しくはWikiってみて下さい(※1)
ギラン・バレー症候群(ギラン・バレーしょうこうぐん、英: Guillain-Barré syndrome)は、急性・多発性の根神経炎の一つで、主に筋肉を動かす運動神経が障害され、四肢に力が入らなくなる病気である。重症の場合、中枢神経障害性の呼吸不全を来し、この場合には一時的に気管切開や人工呼吸器を要するが、予後はそれほど悪くない。日本では特定疾患に認定された指定難病である。
この病気、早ければ半年で完治するみたいなんだけど、10%の人は後遺症が残るらしく、シンキチ氏は見事にその10%を引きまして。はい。国内では専門の治療が無い為、ハワイに移住しての治療生活に。

そんな状況に加えて、アタクシのプライベートでも、営んでいたロック・バーを経営難にて畳む事に。踏んだり蹴ったりとか、八方ふさがりとか、そういった古くからある言葉の意味をですね、お陰さまで身を以て体験させて頂きました(笑)

まぁしかし、ライヴ活動は出来ないわ、仕事はうまく行かないわで、公私共にボロボロのボロ雑巾のようになり、いわゆる鬱ってやつですよね。それからは1年間程、完全に引きこもり。アタクシにもそんな時期があったのですよ。最近の若人が使う「病んでる」とか。そんなライトな感覚じゃないですからこれ。

そんな感じで1年間くらい過ごし、さすがにこのままじゃアカンと、外に出て散歩したりなんとなく(←これ大事)リハビリ開始。それから徐々に随分良くなって来た頃、このコラムの第一回目に記した、イベント「SUB-EFFECT」を立ち上げるに至る訳です。

それからもうちょっとしてからかな、シンキチが帰国して、こちらもドラマーとしてのリハビリを再開。車椅子からドラムセットに座らせたり、スティックなんて握れないからテーピングでぐるぐる巻いたりね。

もはや完全に要介護バンド \(^o^)/

そんな状態ながらも何とかライヴ活動に至り、自主企画の「HOUSE OF NOISE」もアポロシアター(現・アポロベース)から、個人的に第一の目標、夢であったダイヤモンドホールにて開催出来るまでに。(これは話すとエモくなるので、興味がある方は打ち上げの席等にて。ロックオンして帰しませんが。)
その後、仕事の都合で一度シンキチが脱退して、OUTRAGE 丹下さんを始め、サポート・メンバーや、新たにメンバーを加えて活動して来たけども、いろいろ落ち着き復帰。バンドとしても、一度は元A-SIAのKazzを迎えて4人編成で活動したものの、現在はまたトリオ編成に戻り、マイペースで我々元気に活動中(笑)

あ、4人編成時代には、大日本プロレスにレギュラー参戦していた外人デスマッチ・ファイター、MASADA選手(※2)の入場曲をMASADA選手自身とコラボしてシングルをリリースしています。(ジャケット・デザインもMASADA選手・作)テキサス出身でパンテラがヒーローだという彼は以前、ストーナー系のヘヴィ・ロック・バンドで歌っていたみたいで、関係者を介して知り合い、意気投合。個人的には勝手にBOLD FAT MISSILEアメリカ支部のメンバーとしています(笑)ちなみに彼が試合中の凶器で使う日本製の串(串カツとか焼き鳥のアレ)を使った攻撃はもはや芸術!!一見の価値ありですが、ある意味グロいので自己責任にて画像検索してみて下さい(笑)
MASADA選手

MASADA選手

MASADA(マサダ)のリングネームで知られるブリガム・ドーン(Brigham Doane、1981年6月16日 - )は、アメリカ合衆国のハードコアレスラー。テキサス州ウェーコ出身[1]。

日本の大日本プロレスや米国のコンバット・ゾーン・レスリングを始め、アパッチプロレス軍、FREEDOMS、WMF、ROHなど、太平洋を股に掛けて様々なプロレス団体のマットに参戦。[3] 長身ながらも素早い動きとハイフライ・ムーブを得意とし、ともに三つ編みにした長い髪の毛とアゴ髭を外観上の特徴としている。
BOLD FAT MISSILE/ SKULL FUC...

BOLD FAT MISSILE/ SKULL FUCKER EP

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後半はシンキチのエピソードが中心になってしまいましたが、これは真面目な話、病気や難病を抱えていながらも、目標に向かって頑張っている方へのメッセージになればいいなと思いまして。エモい文章は苦手なのでちょっとファニーな表現もありますが(笑)、少しでも伝わると嬉しいです。

さて、そんな要介護状態を経て(笑)、現在はとっくに元気満々の我々BOLD FAT MISSILE、及び俺!ですが、ただいまニュー・アルバムに向けての制作に取り掛かっております!!年内にリリース出来れば何と1st アルバムから12年振りとなる新作。どんな大物バンドだよ!ってベタな突っ込みも歓迎します( ´ ▽ ` )ノ

これにて我々BOLD FAT MISSILEのメイン・ヒストリーは終了。後は会場にてはっちゃけたライヴを楽しんで下さいね!!これからの歴史は俺たちと君たちで創るのだ!!(クサい&エモーショナルに)

Kuma

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