2015年10月5日 更新

PULLING TEETH インタビュー

記事公開日:2015/05/11 - ニューアルバム「フッコーブシ」のインタビュー

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記事公開日:2015/05/11

演歌や民謡などが持つ、日本特有の「節」。
そこには、日本人を元気づけ、慰め、労り、先へ進ませる力強さがある。
6年ぶりにリリースされるPULLING TEETHのニューアルバム「フッコーブシ」は、そんな我々を奮起させてくれる「節」と、激しい音が真正面からぶつかり合った作品だ。「復興」という言葉を、音楽で体現したかのようなパワーが漲るPULLING TEETH流の「ブシ」を、是非体験してみて欲しい。
PULLING TEETH

PULLING TEETH

L to R
泰治(Bass), 仁(Drum), 寿々喜(Vocal/Guitar)、

PULLING TEETH:寿々喜(Vocal/Guitar)、泰治(Bass)、仁(Drum)
インタビュアー:星川絵里子

「もう照井君、(正式メンバーとして)やるでしょ?」みたいな。

--- 作品のリリースがあまりにもお久しぶりですので、まずは前作「THRASH CATS CRISIS」からの、バンドの足跡をお話いただければ、と。


泰治:2009年が終わって、ツアーを少しやったくらいですかね。


寿々喜:そうだね。ツアーが終わってね、俺は個人的に、仕事を探さなければならない、と。歳も歳だったんで。年にライヴ5、6本くらいだったかな。そういうのが2、3年続いて、その後震災があって、震災を乗り越えたくらいにまたライヴを始めたんだけど、そのくらいから智也(Dr. 2012年6月までバンドに在籍)の調子が悪くなって、抜けて、それと入れ替わるように照井君(仁)が入った、と。


--- 智也さんが脱退してから仁さんの加入は、その間わずか1か月くらいでしたよね。まずはサポートという形で。


寿々喜:智也っていつ辞めたんだっけ。


泰治:6月。んで、9月がAIR JAMだったから。


仁:俺、もう8月にはリハ入ってたから。


--- そうですね、オフィシャルサイトには、8月下旬にはもう仁さんがリハに入っていたとありました。


寿々喜:詳しいね~(笑)。なに?1回リハ入ったんだっけ?


仁:入りましたね、東京で。


寿々喜:ほんと~?(笑)


泰治:じゃあ、本当に間が空いてなかったんだね。


--- 何故そんなに早く(後任のドラマーが)見つかったんですか?


仁:「見つかった」って、なんか俺が隠れてたみたいになっちゃうけど(笑)。


寿々喜:そん時智也がもうダメってなって、まずはCOCOBATの前のドラムのRYOに連絡したんですよ。そしたらアイツも、最近就職して仕事が忙しくてって断られたんです。どうしようかな~ってなって、その時に…(ライヴが)決まってたのってAIR JAMだけだっけ?


泰治:だった…かもしれない。


寿々喜:AIR JAMだけだったら、照井君(の住んでる)岩手から仙台来るの車で1時間だから、照井君にやってもらおうかなってことになって。それで前の日に盛岡に行って、リハやって…朝は6時入りだったんだっけ?


仁:AIR JAMっすか?朝は…8時でしたね。


寿々喜:8時だっけ?そんな遅かったっけ?


仁:まあ、遅いっつっても朝4時くらいまで飲んでたんですけどね、俺らは(笑)。


寿々喜:んで、8時に集合した時には、「もう照井君、(正式メンバーとして)やるでしょ?」みたいな。


仁:「う、うん。やっぱそうなる?」ってなって(笑)。


寿々喜:まあ、そういう流れでね。


仁:もう…誘拐です(笑)。


--- 恐ろしい(笑)。でも、なんだか軽い感じだったですね


仁:でも、サポートに誘ってもらった時には、若干腹は決めてたんで。「来るかな、この感じ」みたいな雰囲気は感じてたし。


--- でも、まずはサポートのつもりで?


泰治:サポートとしては1回もライヴやってない(笑)。


寿々喜:リハに入った時点でもう決めちゃってたから。


仁:盛岡の時にはもう声をかけてもらってたんだよね「やんだろ?」みたいな。


--- オフィシャルサイトの発表では、8月末の時点ではまだサポートってことになっていたので。でも、ライヴを何本かやって決めよう、っていうんでもなく…。


寿々喜:最初、発表は10月くらいにしようかってことになってたんだよね。でもまあ、「やるでしょ?」って話になったから。


仁:「でも、(ライヴ)150本は嫌ですよ」って言って(笑)。


とにかく生活の基盤を立て直すのが最優先。そっちの方が重要だったので。

--- 先ほど、ライヴの本数を減らした期間があったとおっしゃっていましたが、そのことがストレスになったりはしませんでしたか?


寿々喜:あんまりそういうのはなかったです。とにかく生活の基盤を立て直すのが最優先。そっちの方が重要だったので。それが落ち着いたらまたやれるようになったし。それで、照井君をメンバーにしようって後押ししてくれた人がいるんだけど、それが今仕事をもらっている元請け会社の社長がいるんだけどね、その方というのが、実はDEMANTIAの親衛隊長だったの!


--- うわ!それは…ご縁ですね。偶然ですか?


寿々喜:まったくもって偶然。ある日仕事に行ったとき、機材車に乗って行ってたから、中覗いて「なんか楽器、面白そうなの色々持ってんじゃない?」って言ってきて。「どんなのやってるの?」って聞いてきたから、「多分知らないと思うんですけど、スラッシュメタル…」って言ったら「知ってるよ~」って。「実は私ね、昔、沢田泰司っていう…」って言うから「えっ?X(-JAPAN)の方ですか?」って聞いたら、「そう、その人と一緒に遊んでたの。小岩の辺りで」なんて言うからさ。こりゃおかしいなと思って、「あの~、昔葛飾の方でDEMANTIAっていうバンド…」「(被せ気味に)知ってるよ~!Geess小杉(現ハウリング・ブル社長で、DEMANTIAのヴォーカル)でしょ?だって俺、DEMAITIAの親衛隊帳だもん」って。というのがありまして…今日に至る(笑)。で、今その方には、PULLING TEETHの後援会長をやってもらってまして、その方から「仁ちゃんさ、面白いから入れようよ」って言ってもらって。


仁:そうですね。でもまあ、俺が「面白い人」ってなったのは、キャバクラでなんですけどね(笑)。


寿々喜:「お前面白いな、入っちゃえよ」ってね。


仁:そうそう。「キャバクラでそれ言います?」みたいな(笑)。


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