2015年10月2日 更新

第十回:心の奥底から吐き出される、苦悩の不協和音。

記事公開日:2015/09/17

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記事公開日:2015/09/17

はからずも、前回「オリジナリティーとは?」というコラムを書いた時、五輪エンブレムのパクリ疑惑がホットになっていたようで。
しまった、なんとなく近いテーマのこと書いたくせに、この件に一文字も触れなかったわ!私としたことが、旬のネタに乗り損なっちまった!!
何の為に毎日ゴロゴロしながらテレビを見ているのだ…。
かなり今更感があって大変申し訳ないのですが、この件でちょいと言わせていただきたいことがありますので、お付き合い願います。すみません。
パクリか否かは別として、個人的にはあのエンブレム、あまり好きではありませんでした。
「見る人が見たら分かるデザインなんだ」とか言われても、なんたって私、広告デザインの会社リストラされた身ですから、「見る人」でないのは明白なわけで、どうしてもピンときませんでしたね。
でも、もしかしたらモーニング娘。やKinki Kids、嵐など、最初は「何ソレ!?」と思っていたけど、そのうち聞き慣れてしまったグループ名のように、あのエンブレムも、5年も見続けているうちにしっくりきて、最終的には「もう東京五輪と言えばコレだよね」ってくらいになるのかなと思っていたのです。
あのエンブレム

あのエンブレム

しかしあの一件、何が一番いけなかったというと。
やはり、誰も「一般国民」が納得出来るような説明せず、税金を無駄にしたことを謝らないまま幕引きしようとしたことでしょう。
特定の誰かが悪かった訳ではなく、関わった皆が悪かったなら、選考委員も含め、関係者全員が「管理と精査がザルだった為に国民の血税を溶かしてしまい、正直すまんかった!」と、いの一番に言うべきでした。
しかも、デッカい声でね。洞窟の中とか山頂とか、あらゆるところで働いている「納税者」まで声が届くように。
皆様ご存知のように、未だ誰も謝っていません。
テレビ大好きオバサンである私にすら、謝罪の声は届いていないのですから。
それどころか、あのデザイナーなぞホームページの声明文にて、国民、とりわけネット民に「みんなが自分のデザインを理解してくれなかった上にいやがらせを受け、それが家族にまで及んできて、耐えられなかったから取り下げてやった」と怒りをあらわにしてしまう始末。
突如ハシゴを外されてしまった、気の毒な方だとは思いますが、エンブレム関連やそれ以外の仕事でパクリ(及び疑惑)が発覚したことや、それも含めた一連の騒動について、氏による説明が不十分だったことが事態を悪化させた一因なのは確かであり、「ネットで叩かれた可哀想な僕は無罪放免」なんてのは甘過ぎるお話です。
むしろ、こんな大人気ない態度を取ってしまったことで、彼はますます痛くない腹を探られてしまいました。
針の筵のような状態でも、最後まで「これは僕のオリジナルです!」と信念を通した姿はご立派でしたし、なにもエンブレムのことまで認めて謝れと言っているわけではありません。
但し、展開案の画像を無断転用したことと、説明不足で混乱を招いてしまったことだけは、公の場できちんと謝罪するべきでした。
逆に言うと、それだけでもさっさと謝っちまえば、少なくとも彼だけはイメージを回復出来たのではないかと思うのです。
国民感情なんて意外と単純なもの。
謝った途端に「他のお偉いさん方はゴミカスだったけど、あのデザイナーだけは誠意があった」とか「あんなにいいヤツがパクリなんかするわけない」とか、手の平クル~ですよ、きっと。
その辺、彼はちょっと不器用なところがあるんでしょうね。
それとも、プライドが邪魔をしてしまったのかな。
でもね、「家族を守る為」とエンブレムを取り下げたなら尚更、頭を下げる立派な父の姿をお子さんに見せてあげた方が、良かったと思うのです。
私は人の親ではありませんが、人の子ではありますので、分かります。
もし自分の父が誠意をもって謝罪をしたら、心から尊敬しますよ。
ですが、実際にはデザイナーや組織委員会、選考委員会など関係者が互いに責任を擦りつけ合い、誰も国民へちゃんとした謝罪をしないまま、エンブレムは使用中止となりました。
何故いい大人が、揃いも揃って謝れないのか?謝ったら親でも殺されるの?
日本が誇る「恥の文化」とは、一体何なのでしょうか。
世の中には、2種類の人間がいます。
すぐに謝る人間と、絶対に謝らない人間です。
謝る人の特徴は、ちょっと極端な例ではありますが、ウド鈴木をご覧ください。
謝らない人の特徴は、謝ったら「負け」だと思っていること、そして、自分は謝らないのに、人からは謝って欲しいと人一倍思っていることが挙げられます。
謝ることが「負け」なので、謝られることを「勝ち」と認識し、いつだって勝者でいたいと思っているのでしょう。
エンブレムの関係者は全員が「謝らないタイプ」だったのだ、と私は考えています。
ネット民へ謝罪の要求こそしなかったものの、「ネットリンチにあった自分こそが被害者」であることを強調し、問題をすり替えて形勢逆転を狙ったと思われる、あのデザイナーの対応がいい…いや、悪い例です。結局、炎上させちゃってるからね。
ところで。
うちの夫は、プロレスラーの天龍源一郎や、映画『トラック野郎』シリーズの一番星こと星桃次郎(菅原文太)が大好きなのですが、その理由の一つとして、「負けっぷりがいいこと」を挙げています。
勝負において、勝ちにこだわるのはもちろん大事ですが、負けた時の所作もそれと同じくらい大切なのだ、と。私も同意見です。
もし、謝罪することが「負け」なのだとしたら、絶対的に自分が謝らなければならない状況であるにも関わらず、いつまでも「勝ち」に執着してネチネチしたり、逆ギレしたりするのは超ダサい!私は、自分が悪いことをした時には、潔く謝罪が出来る人間でありたいと思っています。
ですがここ最近、「謝らないのに謝られたい側」からの謝罪や配慮の要求、それが日々、増長している気がするな、と感じずにはいられないのです。
プロレスラーの天龍源一郎

プロレスラーの天龍源一郎

『トラック野郎』シリーズの一番星こと星桃次郎(菅原文太)

『トラック野郎』シリーズの一番星こと星桃次郎(菅原文太)

例えば、女性に年齢や結婚、彼氏や子どもの有無を聞くこと。
私もよく、「子どもいないの?」と聞かれますが、程度や相手によるものの、さほど嫌だと思っていません。
「わりと肥沃ないい畑だと思うんですがね〜」なんつって、三段腹をポポンッと叩いて受け流すこともしばしば。
下品だと思われるかもしれませんが、昔の映画に出てくる、こんな感じの大らかな表現がとても好きなのです。
但し、嫌だと思う人もいることは理解しているので、私が聞く側にはならないように気を付けています。
しかし、どんなに気をつけているつもりでいても、配慮を底なしに要求してくる人っていうのがいるのです。
ちょっと前の話ですが、女性お笑い芸人トリオ「森三中」の大島美幸が、自身の出産シーンをバラエティ番組で公開する際に、多くの批判を受けたことありましたよね。
その時、「そんなものは見たくない」とか「出産までネタにするなんて!」という意見の中に、「子どもを欲しくても持てない人に配慮が足りない」という批判がありました。
「子どもを持てない人」に特化した意見。少々違和感を覚えます。
だって、ただ「同意」してもらいだけのように感じたから。
自分の意見を認めてもらいたい、同意して欲しい、「よく気が付く優しい人」だと思われたいという強い自己顕示と、意見が通り、改めてもらったり謝ってもらったりすることで、自分が世間から大事にされているという実感、そして謝罪を受け、配慮された「勝者」である満足感を得る為に、「子供を持てない人」が、体よく利用されたような気がしてしまったのです。
しかも、配慮をされた側の方々から、「気を遣ってくれてありがとう」とか「我儘を言ってごめんなさいね」という言葉が届いた、という話は、殆ど聞いたことがありません。
却って、自分たちが助言をして道を正してやったのだから、感謝して欲しいくらいだと思っているのでしょう。
何故なら、彼らは自分たちの主張が、絶対的な正義だと信じて疑わないからです。
いつだって正義は勝つ!そう、「配慮」の前にはいつだって、「謝って欲しい人」が完全勝利ってワケ。
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