2015年10月30日 更新

ANTHEMインタビュー

記事公開日:2014/11/01 - ニューアルバム『ABSOLUTE WORLD』のインタビュー。話し手は柴田直人氏(b)。

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記事公開日:2014/11/01

 2001年に再結成して以降も、精力的な活動を通して、孤高の存在感を知らしめてきたANTHEM。だからこそ、坂本英三(vo)の脱退がアナウンスされたのは衝撃的だったが、後任に迎えられたのは、何と同じくかつてシンガーを務めていた森川之雄(vo)だった。そして、近年サポート参加していた田丸勇(ds)も正式加入。文字通りに新たな歴史の始まりである。
 現ラインナップによる第一弾アルバム『ABSOLUTE WORLD』も去る10月22日にリリースされ、国内チャート初登場16位という過去最高位を記録。この事実にしても、そのまま新生ANTHEMに対する高い期待感の表れと解釈すべきものだろう。改めて徹頭徹尾のANTHEM流ヘヴィ・メタルを高らかに叩き付けた彼らは何を考え、どこへ向かおうとしているのか。同作を引っ提げた全国ツアーに向けたリハーサルが本格化する中、バンドを率いる柴田直人(b)に話を訊いた。
ANTHEM

ANTHEM

柴田直人 (Ba.)、清水昭男 (Gt.)、森川之雄 (Vo.)、田丸勇 (Dr.)

ANTHEM:柴田直人
インタビュアー:土屋京輔

僕の中では、新たに誰かを入れて何かをやるというよりも、やっぱり、“森川之雄”というのが一つあってね。

--- すでにあちこちで話をされていると思いますが、昨今のANTHEMに関する話題として、何しろ外せないのはヴォーカルの交代劇ですよね。英三さんの脱退自体もファンには寝耳に水だったと思いますし、さらに森川さんの電撃復帰に驚いた人も少なくなかったと思うんですよ。


柴田:本間大嗣、坂本英三、清水昭男、柴田直人という、再結成メンバーで長い間やってくる中で、たとえば、本間くんが身体的な理由で1年間休まざるを得なくなったり、いろんなことを4人で乗り越えながらきてはいるんですけど、バンドって、コンビネーションだとか人間性がどうのこうのではなくて、ものづくりをする集合体として反応し合えなくなると、どんなに相手のことが好きだとしても、一緒にいる意味を失うんですよ。当然、そうなってくると、やりたいことも各自いろいろ変わってきたりするわけで、それを強引に打ち消す事など誰にも出来ない。もちろん、ANTHEMにはANTHEMとして行きたい方向みたいなものも出てくる。それを純粋に達成するためにはどうすればいいのか。それはここまで毎日考えてきたことですけど、僕が胃ガンを患った(2012年12月に発覚し、その後、手術・療養のため約半年間活動を休止)のがキッカケで……それを個人的にすごくリアルに考えるようになったんですよね。


--- 今、自分は何をすべきなのかと。


柴田:そう。自分は何をやりたいのか、何をやるためにANTHEMは存在するのかというようなことをね。それで、やっぱりドラマーは代わらざるを得ないのかなとか……例えば歌う人間と曲を作る人間というのは、コンビネーションは良くなければいけない、僕らはプロの作曲家とプロの歌手という、芸能チックな関係ではないと思っているので。ヘタすると、私生活すらもほとんど知り合うみたいな間柄で10数年間きたわけですからね。だから一緒にいても新しいものはもう作れないかな、という感覚をお互いに持っていることに気がついたんでしょう。次にどうしようかという話を何回もしながらも、なかなか前に進まない。別に険悪じゃないんだけど、だったらもう別々の道に行くべきだろうなと。結局は結論づけたのが、去年のもう年末に近かったんで、急転直下な感じですよ。
 ただ、僕の中では、新たに誰かを入れて何かをやるというよりも、やっぱり、“森川之雄”というのが一つあってね。かつて、彼ともすべてをやり尽くしてバンドが解散したわけではないんですよ。時代背景であったり、そのときの音楽の流行があったり、あとは多分僕たちが若かったせいもあったりして、そこはずっと引っかかってる部分だったんですよ。だから、森川にすぐに声をかけたんですね。自分がリーダーでバンド(THE POWERNUDE)をやっているのはわかるんだけど、僕たちが音楽をもう一度同じバンドで本気でやるとすると、多分、このチャンスが最後だろうと。だから今、ANTHEMで歌うことを真面目に考えてくれという話をしたんです。ずっとヘルプで叩いてくれていた田丸に関しては、彼がANTHEMに持ち込んでくれたものも結構あったので、そのまま正式メンバーになってもらっていいんじゃないかなと。
 それで今のラインナップになったんだけど、もともとレコーディングはするつもりだったので、曲は去年の11月から作っていたんですよ。ただ、やっぱり歌う人間が代わるというのは凄いことですから、当然、その時点では何となくこれはOKかなと思っていたような曲も、いくつも捨てたりしてね。そうやって3月いっぱいまでは、ひたすら曲を作って、4月1日からレコーディングに入って。途中、7月に(新編成での初めての)ツアーがありましたけど、結局、マスタリングが終わったのが9月1日ですか。だから、10ヶ月間。でも、あっという間でしたね。長いか短いかといったら長いですよ。大変だったかどうかというと、100%大変だったんですけど(笑)、レコーディングとはそんなものですからね。僕らにとっては当たり前の、またいつもの過程を踏んで、やっとCDができたという感じです。


--- ANTHEMの場合、これぐらいの時期にアルバムが出るぞという第一報がくると、それはあやしいんじゃないかと思わされますよね(笑)。


柴田:みんなそういうふうに言いますね、一ヶ月ずれ、二ヶ月ずれ(笑)。


--- いつも、それだけシビアな進め方をしているということなんですが、ANTHEMを知っている人は別に驚くことではないんですけどね。


柴田:そうですね。スタジオに入ってしまえば、どのバンドでも同じだと思うんですよ。ちょっとでも自分たちがいいと思えるものを作らないと、自信を持って出せないですから。たとえば、8小節の中でメロディを考えるにしても、「もっとこのほうがいいんじゃないのか?」っていう作業の延々繰り返しなので。まぁ、あっという間に終わるのはベースだけですよ。ベースは僕が弾いて、基本的には僕がジャッジするので。でも、今回はそのベースも、チューニングは合ってるんですけど、ギターと合わさったときに、倍音が気持ちよくなかったりして、何回も何回も弾き直したんですよ。ほとんどの曲を4回弾いた(笑)。それも、連続してじゃないんですよ。まず三日間ぐらいでベースを録る。そこからバッキング・ギターを入れていったときに、これはおかしいなぁって、その後にまたベースを録って(笑)。これで大丈夫なんじゃないかなぁと思って歌を録り始めると、いやぁ、やっぱり気になるなぁと、歌を中断してベースをまた録り始めて(笑)。さらにリード・ギターだとか、オーバー・ダビングをしていく中で、どんどんオケが厚くなっていくと、やっぱり気になってまたベースを録って。結局、機材と音作りの問題なんだけど、今はもう、できればベースは金輪際弾きたくないぐらい(笑)。


「ANTHEMだったらもう1回やりたいな」と思ってもらえるような仕事を僕はしたい

--- しかし、そういった大変な録音の過程がすべて終わり、ロイ・Zとミックスを進めるためにロサンゼルスに渡ったら……何もせずに帰国せざるを得ない状況になったんですよね。


柴田:10日間ぐらいの予定で、4日間で帰ってきたのかなぁ。彼の体調やプライベート等の問題です。とにかく作業が出来ない事がわかったんですよ。そこで(所属レコード会社の)ユニバーサルの担当A&Rに連絡をして、帰国して日本のチームでやり直したいから、直ちにリスケジュールすると伝えて。結局、リリース・デイトもまったくずらさないで、予定通りにリリースできることになって……。そこが一番感謝ですよね。担当してくれたのはビクター・スタジオの渡辺くんと高桑くんという二人のエンジニアなんだけど、それでもあのスタジオの空きが一つしかなくて、もう一つ別のスタジオも使うことになったんですね。だから、僕はその二つを毎日、車で往復しながら、そのうちもう一人のエンジニアも参加して三人に(笑)。もちろん充分な時間があったとは言えないけど、僕は満足だったし、ANTHEMに何かあったときに、「だったら僕らが」って集まってくれるスタッフがいるんだなと思うと、ホントにありがたいですよ。彼らがいなかったら、アルバムのリリースが遅れ、もうすぐ始まるツアーも全キャンセルになり、(デビュー30周年を迎える)来年の予定も全部狂うということになっていただろうし。
 LAにいたとき、日本のスタジオブッキングマネージャーとメールやスカイプでやりとりしてたんですけど、ここまでピンチになると、もう笑っちゃうんですよね(笑)。いろんなことを経験してきましたから、ちょっとやそっとのことじゃ驚かないですけど、さすがに今回はたまげました(笑)。ただ、追い詰められた時間の中での作業だったんですけど、以前、『HERALDIC DEVICE』(2011年)を作ったときも、アメリカのエンジニアとやりとりしていたものの上手くいかなくて、結局、あのアルバムは今回と同じチームがミックスをしてくれたんですよ。だから今回も、彼らのスケジュールさえ調整できれば、何とかなるだろうという思いがあったので……というふうには表向きには言ってますけど、実際はLAに居ながらハラハラしましたよ(笑)。


--- そりゃそうですよね。寝ている間などないとも思い込むでしょうし。


柴田:そう、時差もあるし今ガタガタしてもしょうがないと思っていても落ちつかない(笑)。1秒でも早く彼らと実際にコンタクトをとって、具体的に話を詰めないとって思うからね。


--- ただ、ANTHEMのために即座にチームが動いたというのは凄いことですよ。それを可能にしたのはANTHEMの歴史であり、周囲のスタッフがANTHEMに魅力を感じているからこそでしょうからね。


柴田:ありがたいですねぇ。サウンド・チームでも、照明のチームでも、誰でも、一所懸命やってくれる人たちの働きに見合うギャラをお支払いできてきたかどうかは甚だ自信はないんですけど(笑)、「ANTHEMだったらもう1回やりたいな」と思ってもらえるような仕事を僕はしたいし、そういうバンドでいたいんですよ。それには、自分たちが音楽を作るということに関して言えば、見栄や虚飾も排して、とにかく一所懸命にやるところを見ていただくしかない。僕らが仮にどれほど才能のあるミュージシャンであったとしても、ミックスやマスタリングはできないわけですから。それに特化したオーソリティの方たちが、ANTHEMの周りにいつもいる。そう思えるのが、どれだけ素敵なことか。今回は特に感謝してもしきれないですよ。


--- マスタリングが終わったときは、ホントに感無量という言葉しかなかったでしょうね。


柴田:僕ね、もう人目をはばからず泣いちゃうんじゃないかと思ってたんですよ。だけど、まったくそういうこともなく、「終わった~」「あぁ、よかった~」というだけなんですよ、もう放心状態でね(笑)。歌を録り終わったときもそう。飛び飛びだけど期間にすると二ヶ月ぐらい、歌を録っていたわけですよ。森川も調子がいいときも悪いときもあるし、ましてや途中にツアーが入ってたりもする。彼は喉も強いし、歌もびっくりするぐらい上手、みんなが思っている以上に凄い人なんですけど、とはいっても、ANTHEMでレコーディングするのは20数年ぶりですからね。だから、歌を録り終わったときには、抱きしめて泣くぐらいの感じなのかなぁって、冗談ながらもどこか本気で言ってたんですよ。でも、やっぱり、「終わったねぇ~」なんて言って、そこにあるオレンジジュースか何かをちびちび飲みながら、僕ら粛々と帰りましたね(笑)。
 みんなものすごく熱く、このアルバムに賭けてレコーディングしたんですけど、終わったら「よかったね」というだけで、そこに決してとどまらない。田丸も若いわりにはそういう感じでしたし、清水はいつもそうだし、森川もそうだし。前のラインナップで再結成して始めた時、彼らとやりたかったんですよ。別に僕が彼らを率いているつもりはなかったけど、以前は個々が優秀なプレイヤーでも、ANTHEMはこういうバンドだということを僕が高らかに掲げて彼らに常に言い続けていないと、ああいう感じにはならなかったと思います。だけど、今のラインナップって、年齢もさらにバラバラになったんですけど、全然そんなことが必要ないんです。僕も人のことにかまけてなくていい分、より一人のミュージシャンでいられるし、ライヴのときも、今までは自分で自分のスイッチを強引に入れないと、なかなかANTHEMの柴田直人みたいなところに届きにくかったんですけど、今は普通に楽屋にいて、なんやかんや話してて、着替えて、「あと5分です」と言われる頃にはもう自然とスイッチが入っている状態。だから、すごく心強いというか、一人一人が逞しいというかね。


ただ、やっていたいので、いきおい、必死に節制せざるを得ないんですよ(笑)。

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