2015年10月30日 更新

第一回:大谷慎吾氏(UNITED)× 丹正篤史氏(ESP)対談

記事公開日:2015/10/26 - UNITEDの大谷慎吾氏とESPの丹正篤史氏との対談。

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記事公開日:2015/10/26

アーティストが音源制作やライブの上で切っても切れないもの、むしろ武器と言えるものは楽器であることは音楽好きなら誰にでもわかること。アーティストが楽器や演奏手法においてのことは専門誌などでも沢山記事になっており触れることができるが、アーティストの武器供給を影で支えている楽器メーカーや楽器店、テックの方との人間関係性にフィーチャーしているものはあまり表に出てこないような気がした。輝くアーティストを支える裏方の人達との話だって聞いてみたいじゃない!というコーナー。第一回目はUNITEDの大谷慎吾氏とESPの丹正篤史氏との対談。
大谷慎吾氏(UNITED) × 丹正篤史氏(ESP)

大谷慎吾氏(UNITED) × 丹正篤史氏(ESP)

「もとはUNITEDから始まって、そっからバーッと広がっていったんだよね。」

丹正:もともとちょうどESPが新しくEdwardsブランドを立ち上げるた時に、Edwardsを使用してくれるモニターを探せっていう指令が会社からありまして。

大谷:OUTRAGEが使い始めてたんだっけ?

丹正:そうですね。

--- それ、何年くらいですか?

大谷:89年くらいじゃない?UNITEDの1stアルバム出す前じゃないですか?

丹正:俺が会社に入ってすぐの頃じゃないかな。その時に持ってきた資料が『Demo 89』と、鹿鳴館の時のビデオだったから。

大谷:それを持ってきたのって誰だったのかな?もうハウリング・ブルだったのかな?

丹正:どうだったかな。小杉さん(ハウリング・ブル社長)はまだ来てなくて、関根君(当時OUTRAGEマネージャーの)経由で上司に言って、上司から「UNITEDってバンド知ってるか?」って聞かれて、俺はもう高校の時から好きだったから「知ってます」って。

大谷:そこで丹ちゃんの推しでさ、「UNITEDイイっすよ」って言ってくれたの。でも、会ったのはそこが初めてだったんだよね。高田馬場の事務所?

丹正:でも俺、1回ライヴ行ってるんで、鹿鳴館かどっかだったかな。

大谷:そこで挨拶してるんだっけ?その辺があんまり覚えてないんだよな…言ったら(丹正さんは)DEMANTIAもROMMELもX(後のX-JAPAN)も、その辺のバンド全部見てるから。

丹正:丹正:その時は大谷さんもROMMELだったもんね。UNITEDも今のメンツじゃなかった。

大谷:マーチャン(原正樹氏/1981~1988までG)もMANTASにいて。その頃のUNITEDを見てるからね。だからその時はほとんど面識がなかったんだけど、実は地元が沼南町と柏で隣の町だったっていう。よく帰りは丹ちゃんに送ってもらって。まあ、そっからなんですよね、Edwardsブランド使い出して。すぐにカスタムのモデルも作ってくれたんですよ。まずは1本借りてみて…いや、借りてみてもなにも、まずは作ったんだよね、俺も(Hally)先輩(G)も。

丹正:とりあえず、ブランドとして何をしていいか分からなかったので、欲しい形を作っちゃえ、って感じで。

大谷:「じゃあ、Vで」って。それで、Hallyがムスタング・モデルなんだよね。もともとそういうの使ってたから、その形で作ってみようって。レコーディングの時はまだ使ってなかったね。1stが出た…要は25年前のツアーからEdwards。3人ともね。それからは2本目、3本目って早かった。Edwardsの売りになる、特化した、半分半分指板のネックのヤツとかメタルブランドのやつとか、また2本目のVを作ってもらったり、横センもグラフィックが入ったのを作って、カタログにも載ったりして。ESPのカタログとは別にEdwardsのカタログがあったのね。そこにOUTRAGEとかうちとか(が載っていた)…それが25年前です。

丹正:その頃は、今みたいにアーティスト専門の部署があったわけでもなく、営業でギターを各地に売りに行く片手間にやっている状態だったんで、あんまりライヴを見に行くことが出来なかったですね。

大谷:で、当時は高田馬場に営業所があってメンテナンスを丹ちゃんやるんじゃなくて、営業部のリペアマンが調整してたね。

丹正:僕が、お店から受け取ってきたものを「修理してください」っていうのと同じように、アーティストのギターも持って行って、営業のリペアマンが一般の人と同じように直すっていうやり取りをしてる感じだったから。

大谷:ちゃんと顔出して、挨拶して。工場見学とかもしてたよね。昔、火事になっちゃったところだっけ?忍者屋敷みたいなところ(笑)。

丹正:火事になっちゃった所は木曽にあった工場。高田馬場、木曽、佐渡に工場があって御茶ノ水、渋谷、名古屋、仙台の店に工房がありました。今は埼玉の工場に移しちゃったけど。

大谷:工場見学に行くと、自分たちの物以外にも、作ってもらってる色んな人のギターがあって、何故か日本なのに、TESTAMENTに渡すギターとか、METALLICAのJames(Hetfield)に渡すギターとかもあったんだよね。それは覚えてる。「本人が使うのか~、ちょっと触っちゃおうかな」とか(笑)。

丹正:基本は、日本のアーティストであろうが、(一般の)お客さんだろうが、アメリカのアーティストだろうが、同じような感じで。METALLICAとかは、トゥルルトゥットゥルル~ってFAXで…まあ、その時代だからFAXで(注文が)来て、「Jamesこんなの作るんだ~」って、工場行くと分かるようになってる。そうすると何か月後か経つと本人が使ってて、「ああ、アレだね~」って。

大谷:すげ~。あそこ(当時の高田馬場の工場)ってデッカイ…一軒家みたいな?工場ぽっくなかったもんね。

丹正:2階に上がる階段が、90度ではないけどそれくらいの角度で、その上に塗装場があって、塗装場まで10枚20枚と木を上げるのでみんな辞めていくっていう(笑)。エレベーターもないしね。そういう過酷なところ。

大谷:そこに外国のアーティストが…George Lynchだっけ?が、来た時に、「忍者屋敷だ」って(笑)。あそこ2回くらい行ったかな~。初めて行った時、菓子折り持ってったもんね。「こんなアーティスト初めてです」って言われた(笑)。その後はお茶の水のショップのBIG BOSS方に丹ちゃんが異動して。

丹正:営業部からお店の店員になりました。お店だから駅から近いし、なんかあったらちょっと寄るっていうことが出来たせいか、その辺からすごく仲良くなったというか、よく話すようになって。営業部の時は、僕も営業で外に出ちゃってる時とかもあったし、たまに調子が悪い時だけ電話が来て、直すだけって感じだったから。

--- 今度はお店に行けば会える状態になったんですね。

丹正:そう。くだらない話も出来たし、ギターがいっぱい飾ってあるから、そこであーだこーだっていうのも何となく話せて。

大谷:(それまでは)ギターだけだったのが、「今度はこんなアンプどうかね」とか「エフェクターこんなの使うのどうだろう」っていう相談に乗ってもらえたり、BIG BOSS他の人を紹介してもらったりね。丹ちゃんも忙しいから、川又君は、エフェクターとかアンプ。修理の方はモック(橋本君)で…みたいな、色んなことで世話になったね。

丹正:店に来たぶん、色んなことが出来るようになったというか。

大谷:当時だとハウリング・ブルだと?寿々喜か。LAWSHEDの寿々喜(LAWSHED→GRUBBY→現PULLING TEETH)は、自分で作ったのか。

丹正:寿々喜さんはGRUBBY後半ぐらいからですね。あとはHELLCHILD、GUMBOILとか。UNITEDから(つながって)、ハウリング・ブルに色んなバンドが紹介されて、そっから色々どんどん広がってって。ハウリング・ブルがHi-STANDARDやるってなった時に、またそこからメロディックのパンクのバンドとのつながりが出来て、っていう感じ。もとはUNITEDから始まって、そっからバーッと広がっていったんだよね。

大谷:普通に先週も現場で会ってる訳だしね。難波君(NAMBA69、Hi-STANDARD)ので。

この対談の前週、『TONE RIVER JAM '15』でUNITEDはNAMBA69と共演している
UNITED / TONE RIVER JAM '15

UNITED / TONE RIVER JAM '15

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Metallization.jp編集部 Metallization.jp編集部

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