2015年10月2日 更新

第三回ゲスト:佐藤則夫(HELLHOUND, Mastermind)× 小金丸慧(Mysterious Priestess)

記事公開日:2015/09/14 - 第三回目のゲストはMETAL BATTLE JAPAN を勝ち抜きドイツのメタルフェスWACKEN OPEN AIRに出演したHELLHOUND(2014年出場)のボーカリストCrossfireこと佐藤則夫氏とMysterious Priestess(2013年出場)のギタリスト小金丸慧氏。

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記事公開日:2015/09/14

Metallization.jp企画会議 第三回目

Metallization.jp企画会議 第三回目

L to R:
佐藤則夫(Mastermind, HELLHOUND),小金丸慧(Mysterious Priestess), 小川(Metallization.jp事務局), 別府伸朗

必ず岐路に立たされた時はこっち(HEAVY METAL)の道を選んでいた。(佐藤)

別府:今日はよろしくお願いいたします。お二人は面識があるのですか?

佐藤:HELLHOUNDが企画した「WACKEN出たぜバンドイベント」で今年の2月に初めて会って・・・

小金丸: 初めてじゃないです。HELLHOUNDが優勝した時の(METAL BATTLE JAPAN 2014で)・・・。

佐藤:そっかそっか、あの時の俺はぼ~っとしていたので。今、言われてみて、その前の年に優勝した人と話したなって(苦笑)。でもあの時にCharles Mingusを勧めてくれたよね?それは覚えているよ。あの後にCharles Mingus「道化師」とか「直立猿人」のCDを買って聴いたんだよ。

小金丸: 俺、そんなこと言いましたっけ?(笑)

佐藤:どんな音楽が好きなのかという話になって、JAZZって言ってたんだよ。「この野郎、カッコつけやがって」と思って(笑)。俺はMiles Davisが好きだから、Miles Davisなら分りますよって。そしたら「やっぱりMingusですよ、Milesはまだ甘いっすね」みたいな感じだったよ(一同爆笑)。

小金丸: 止めてくださいよ。全然甘くないですよ(笑)。

佐藤:それであのMysterious Priestess の生意気な野郎が言ってたなってCharles Mingusを聴いたら、カッコイイなって。影響受けてますよ、Mysterious Priestessには(一同笑)。

小金丸: やり辛いな(苦笑)。

別府:音楽の話をしたのはこの時以外にもありましたか?

小金丸: この時以外は殆ど無いですね。

佐藤:その時俺たちの主催ライブだったので、忙しくしていたのもあったから。でも(小金沢さんを)カワイイなと(笑)。

別府:年齢差も結構ありますよね。

小金丸: 僕は今年で24歳になりますが。

佐藤:ダブルスコアですね(一同笑)。

別府:そうなると、お二人の音楽遍歴も色々と違いがあるでしょうね。バンドを始めるまでどんな感じでしたか?

小金丸: 僕はかなりベタな感じになると思います。L'Arc-en-Cielを聴いていて、ギターをやりたいなと思って。それからヤング・ギター系のYngwie Malmsteen、Paul Gilbert、Steve Vaiが好きになったのですが、突然これじゃダメだって。このままだと型に納まっちゃう、ヤング・ギターに出る人たちを超えられないまま終わっちゃうと。それでまずJAZZを聴いてみようと、それが大学に入るちょっと前です。

佐藤:俺は30歳になって初めてJAZZって良いなって思ったのに(笑)。僕は一番初めに音楽を聴いたのはピンキーとキラーズとかフィンガー5とか、本当にちっちゃい頃だけど。小学校の高学年になって世良正則とツイスト、あれが俺のロック初体験。MASTERMINDでスタンドマイクにして歌っているのは、世良正則の影響だから(笑)。そんなこんなで、親戚のおばちゃんにトランジスタラジオを貰って。それで日曜の朝に早起きした時に、家族皆寝ているしラジオでも聴こうかと。それでポップスベストテンというラジオ番組でElton Johnの曲がかかっていて「外国の歌っていいな、凄い」と衝撃を受けて。その日の午後に友達と遊んでいる時に「知ってる?外国の歌って良いんだぜ」って言ったのを覚えています。それ位の衝撃でした。そこから流行りものを聴いていたんですよ。それから誕生日にラジオをくれたおばちゃんが「お前は音楽が好きだから、欲しいLPを3枚買ってやる」って。それで1枚がLeif Garrettのベスト、その次がARABESQUEの「HELLO Mr.MONKEY」、それと何故か1枚だけQUEENの「THE GAME」を買ったんですよ。そうしたら「何だこれ、凄い!」とビックリして、それからお小遣いを貯めてQUEENを全部聴いて。中学生になると皆色気づいてROCKとかPOPSとか聴くようになるじゃないですか、当時はSTYXの「PARADISE THEATRE」が流行っていて。「それ聴きたいね、ちょっと買いに行くしかない」と買いに行ったんですよ。行ったら売り切れで、その時のお店のBGMで流れていた曲がRAINBOWの「I Surrender」だったんですよ。それがもう衝撃で「うわ~、何だこのカッコイイ曲は」って思って、お店に人に「スイマセン、今かかっているのは何ですか?」って言ったら、あの手術着の「DIFFICULT TO CURE」のジャケットを出されたんですよ。「うわ~、このジャケットキツイな」って思ったんですけど、曲がカッコイイから買おうと思って。STYXを買うはずがRAINBOWを買って、そこからおかしくなった(笑)。帯に「HEAVY METAL」って書いてあって、ちょっと不良な友達にこういうのが好きだって言ったら、当時俺は『ノスケ』って呼ばれていたんだけど、「ノスケ、HEAVY METALって書いてあるの買ったら、全部カッコイイから」って言われて(一同爆笑)。それから帯見たら「HEAVY METAL」の文字を探して。それで次に買ったのが当時話題だったIRON MAIDENの1st。そこからですよ、もっとHEAVY METALにやられたのは。「Prowler」のテロレロレロっていうアームダウンと共に俺も坂道を転げ落ちていきましたよ(一同大爆笑)。当時、中学校ではDave Murrayとか聴いて「やべぇ、Ritchie Blackmoreより早弾きがスゲェ!」って皆言ってたから。今、考えるとそんなにスゴクねぇよって(一同笑)。

別府:則夫さんの時はIRON MAIDENだったのですね。僕の頃はEUROPEの「Final Countdown」だったかな?あれ、中学?高校?どっちだったかな?

佐藤:俺は高校の時にEUROPEの1stを聴いて、ヌルイぜって思って(笑)。当時はLOUDNESSとか聴いていたから。

別府:バンドを始めようと思ったのは?

佐藤:バンドは高校生の学園祭の時に皆で映画を撮って、それが完成した夜中にくっちゃべっていて。その時誰かが「俺、バンドやりたいんだよね」って言いだして。それで、それぞれが「俺、ギター」「俺、ベース」ってなって、それで「じゃあ、俺はヴォーカル」って成り行きで。それが9月位で、12月にクリスマスライブが学校であったからそれにQUEENとWHITESNAKEのコピーバンドで出た。オリジナルをやったのは、かなり後。高校を卒業して、大学入って出て就職してとなると、バンドももうやれないだろうなと思って。そしたらある日突然知らない人から家に「佐藤君ですか?」って電話が入って、当時はメールも携帯も無かったから。そこで「バンド辞めたって本当ですか?」って言われて、「ウチで今ヴォーカル探しているからやりませんか?」という内容でした。大学の時にVOW WOWのコピーバンドで、まだステージが逆にあった頃の吉祥寺のクレッシェンドに出たんですよ。その時のキーボードの友人のギタリストが見ていて、コイツとバンドやりたいって連絡してきた。その時はTHE BLUE HEARTSのコピバンでドラムでもやろうかな程度だったから、いいですよって。

別府:それってJACK HAMMERですか?

佐藤:そう。JACK HAMMERの前身バンドの曲が沢山あって、それの歌メロを変えてもいいならやるよって。それでOK貰ってやるよとなりました。

別府:で、JACK HAMMERを経てMASTERMINDとなるのですね。さて、続いては・・・

小金丸: 僕はそんなドラマチックな話は無いですよ、おかしいなぁ(一同笑)。単純に文化祭で楽曲は何でもいいからギターを弾いて。当時流行ってたGREEN DAYの有名な曲があるじゃないですか、「American Idiot」。

佐藤:うわぁ~、「American Idiot」! 文化祭の世代なんだ、何と!!!

小金丸: パンクで、先輩がそのリフを弾いていてカッコイイと。それでギターって「これ」なんだって思って。

別府:そういう世代だと、そのままメロコアに流れていく人が多いと思うのですが、何でHEAVY METALへ?

小金丸: 僕はある人からギターを習っていたのですが、その人がこんな世代の人で(と言ってメロイックサインを作る)。

佐藤:こんな世代ね(と言ってメロイックサインを作る)。

小金丸: Ritchie Blackmore大好き先生で、少し記憶が曖昧なのですがDEEP PURPLEのBBCのライブ映像を見せてくれて。「Child In Time」をやっていて、「なんじゃこれは、水戸黄門みたいでカッコいいぞ」って(笑)。そこからどんどんクラシカルな流れのギターをやりたいって。そうしたらYngwie Malmsteenを教えてくれて、早弾きにのめりこんで。それでハーモニックマイナー系を毎日練習してました。ふと気がついたらHEAVY METALの道を歩いていて。それで色々なバンドを探していて、今に至る感じです。その途中で、最初はCHILDREN OF BODOMのパクリみないな感じでしたが、オリジナルの楽曲を書き始めて。大学に入って今のバンドメンバーに出会って。それまでは文化祭で年一回程度何かやっていた感じでしたが、大学一年の時からちゃんとしたバンドをやり始めました。

佐藤:俺なんか大学卒業してからちゃんとしたバンド始めたからね。それまでLOUDNESSとVOW WOWのコピーバンドだったからね。だから「BIGになるぜ!」とかそんな大それたことは全く無かったから。

別府:でもバンドをやってオリジナルでやっていると、このままでは終われないなっていうのが出てくると思います。生活のある程度の部分を削ってまでバンドを続けていこうと思った切っ掛けみたいなものは何かありましたか?

小金丸: 僕は大学が音楽系だったので、そこに飛び込んでしまったから音楽以外の道は行けないかなって。

佐藤:凄いね。俺なんか幼稚園のハーモニカで、こういうのは女子に任せようって思ったからね(笑)。

別府:そうは言ってもHEAVY METALに凄いこだわりを感じますが。

佐藤:その・・・、多分こういうのって今バンドをやっている人にはいないと思うけど、俺は本当に冴えないクソガキだったんですよ。頭もたいして良くないし、カッコよくもないし、スポーツができるわけでも、何か特技があるわけでもない。でも、おばちゃんがくれたラジオから聴いたElton Johnが俺にとって特別なものだった。ROCKってフリーなものだと思うんですよ、特に70年代から80年代にかけて。僕の世代にもフリーなROCKな残り香があって、ミュージック・ライフとかを読んで色々と情報が入ってくると「こんな俺でもいいんだ」って。今はライブハウスシーンとかでも音楽がコミュニケーションのツールになっていると思う。例えばライブに行って友達に会ったりとか、ライブを見て皆で盛り上がるとか。でも、俺はそうじゃなかった。ダメな俺でもROCKは受け止めてくれていると感じて、そのROCKの中でもズキューンと胸を打たれたRAINBOWの「I Surrender」のイントロでコレだと思ったから。上手くは言えないんだけど、音楽やHEAVY METALに背を向けることは出来ない。もし背を背けたら、自分が自分では無くなってしまう。せっかく見つけた自分の宝物を手放すことは出来ないということが一番大きいし、今もそれを凄く感じる。俺みたいにいい歳こいてバンドをやっていると、他の人とは違うかもしれない。普通に中高大と出て企業に就職して、流れでバンドをやっていただけだけど、その間に音楽以外のことを切り捨てていっていることが本当に多いんだよね。こういう髪型をして一般の企業で働いていることとか、付き合っていた女の人から「結婚したい」と言われた時にバンドを選んだりとかさ。何度もHEAVY METALか普通の道かと何度も何度も岐路があったけど、全てHEAVY METALの道を選んできてた。HEAVY METAL生活の中心ではなかったけど、必ず岐路に立たされた時はこっち(HEAVY METAL)の道を選んでいた。個人的に悩んでもしたよ、例えば「同期のヤツが部長かよ、俺はまだこれだよ」とかね。そういったことに悩んだこともあったけど、タラレバの世界で、20代で当時付き合っていた人と結婚して、子供を育てて、普通のサラリーマンの生活をしていたとしたら、何かある時に「いや~、あの時バンドやっておけばよかった」って絶対思ったんじゃないかと。俺はこうやってバンドをやって、俺なりに色々やっているから「あっちも良かったかもな」と今なら思える。でも、それは後悔じゃないんだよね。あっちも良かったかもなってその程度で「あの時バンドやっておけばよかった」という後悔とは違う。

別府:そこまで惹かれたものは何だったのでしょうね。

佐藤:何だろうね・・・、「血」なのかね(笑)。カネちゃん(小金丸)はギターが上手かったんでしょ?俺なんかハーモニカの時点で挫折したからね(一同笑)。

小金丸: 僕も歌は下手だったし、ハーモニカもリコーダーもなかったから。実際ギターをやっている人って普通にしてたら全体的な人数が少ないじゃないですか。なのでここで上手くなったらチヤホヤされるかなって。身長とかコンプレックスがあったので、これ位はやっておこうかなって(笑)。

佐藤:いいね、それ(笑)。

小金丸: 動機で言えば不純ですよね(笑)。

 (6656)

大きく見せていただけですよ(一同爆笑)。大きく見せないとやっていけんじゃいかなって。(小金丸)

別府:お二人は音楽をただの趣味で終わらそうという考えは無かったのですか?

佐藤:俺はオリジナルの楽曲でやっていくバンドに誘われたのが大きな分岐点。それを軽い気持ちでは受けたけど、自分で楽曲を作ってそれを良いと思ったら、皆に聴いてもらいたいって欲が出てきた。多分「それ」がずっと続いているのかなって。それを続けていると、それなりに良かったよって言ってくれる人も出てくるし。

小金丸: 僕も同じ様な感じですね、続けているのは。褒められたいから(笑)。

別府:逆に大きな挫折はありましたか?特に則夫さんはキャリアもあるので。

佐藤::実はWACKENのコンテストに出る前は完全に辞めるつもりでいたから。ただ「辞める」というのも色々と面倒臭いし、最後に「~~ライブ」とかやることですら面倒臭いと思っていたから。METAL BLESS JAPAN(注:国内HEAVY METAL系アーティストによる東日本大震災チャリティーキャンペーン)の2013年の3月のそこまではやるけど、その後は『病気治療』とか言ってフェイドアウトしちゃおうと。バンドというものを全て辞めてしまいたかった。バンドって音楽だけじゃないし、音楽以外のことが面倒臭い。それで俺の手に負えないとなってきてしまって。そうなると「これはもういいや」って。やってみたいことも何となく出来てたし、これ以上無理も出来ないなって。

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