2015年10月24日 更新

第一回ゲスト:吉田HALLY良文(UNITED)× NEMO(SURVIVE)

記事公開日:2014/12/18 - 第一回目のゲストはUNITEDの吉田HALLY良文氏とSURVIVEのNEMO氏を迎えた。

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記事公開日:2014/12/18

Metallization.jp企画会議 第一回目

Metallization.jp企画会議 第一回目

L to R:
NEMO(SURVIVE), 吉田HALLY良文(UNITED), 小川(Metallization.jp事務局), 別府伸朗

プロフェッショナルにやりたいって考え始めた切っ掛けです。それが92年とか93年。(NEMO)

別府:お二人がバンドを始めようと思ったのは?

吉田: 俺はバンドを一番最初に始めたのが高校一年生だね。俺なんかの時代で勉強もしないし運動もしないってやつはバンドやるか暴走族をやるかどっちかだったから(笑)。バンドやれば女の子にもモテるなってそんな単純な理由です。物凄いロックスターになるんだとかそんなことは考えてなくて、女の子にモテてカッコいいって言われたらいいかなって。どっちか選べって言われてバンドを選んだってクチです。

NEMO:今UNITEDで歌っている湯浅と中学二年生の時に一緒になって、お互いの両親が楽器好きでギターが常に周りにある恵まれた環境も大きかったと思います。自然何かやろうよってなって、俺が先にギターをやってたから「お前はベースなって」湯浅がベースを弾くようになりました。

別府:バンドをやっていて遊びから本気になったって言い方は変かもしれませんが、それまでの活動から一線を越えたのはいつ位からですか?

吉田: そういうのがあるって言うヤツもいるけど俺はそういうの意識した事無いんだ。いきなりライブハウスに出てたし、高校一年生の時には渋谷のセンター街にあった時代の屋根裏とかも出てたから。そんな風に都内のライブハウスに出て、先輩のバンドのプレイ見ながら一緒にやらせてもらって。そういう線引きが無くて俺はそのまま今に至る感じ。夜にライブハウス出なくちゃいけない時は昼のリハに合わせて学校サボってたりもしていた。その時一緒にやってたりしたのが学校は違うけど同級だったハウリングブルの小杉だった。当時はレイザーってバンドをでカバーでSCORPIONSやIRON MAIDENも少しやったけど殆どオリジナルで勝負してた。スキルがどうのとか上手い下手はあったけど、行動自体は今と一緒でお客さんに見せるってことでは同じ。

NEMO:俺はライブハウスだろうが家だろうが演奏している時間が楽しくて、最初から自分の好きなことが職業に出来ないかなと思っていました。俺がバンド始めた頃はライブハウスに出るにもどうやったらいいのかが分からなくて昼のオーディションみたいなのに出たこともありました。その時に米米クラブみたいなバンドと対バンさせられて、その時に絶対こんなのはイヤだって誓って。まだメタルシーンとかは分からなかったけど、そういったところでやりたいって思っていました。それがプロフェッショナルにやりたいって考え始めた切っ掛けです。それが92年とか93年だったと記憶しています。

吉田: 千葉LOOKで一緒にやった時はまだ高校生だったね。

NEMO:初めてライブをやったのは中学生の時だった。

吉田: NEMOの頃は知らないけど、俺たちの頃は学校行くのにギター担いでいるのが多かったね。今は女の子がたまに担いでいるけど男の子では少ないね。

小川:92年だと私はUNITEDをよく見に行ってたね。

NEMO:「HUMAN ZOO」がリリースされた頃だね。

別府:その頃はバンドブームやスラッシュメタルのブームが落ち着いてきて、動員が減ってきた頃でしたよね。あと川崎のクラブチッタの来日アーティストの公演に日本のバンドがよく出ていたかなと。

吉田: LAAZ ROCKIT とか色々とやったね。

NEMO:俺は高校生で(機材など)良いものを揃えてこれからはこうやっていくって考えていた頃。ジャクソンギターを2本買って、マーシャルのアンプも買って。でも高校生だったから 車で機材を運ぶことが出来なくて(笑)

別府:二人が知り合ったのは?

吉田: 対バンだよね。その前に大谷さんが柏組で知り合いだったのもあるけど。それで俺も知り合って対バンしたりツアーに一緒に来たり。最初に会った時はベルボトム履いてたね(笑)

NEMO:履いてた、履いてた(笑)

吉田: ネルシャツにベルボトムで。

NEMO:ファーのコート!それは今でも大谷さんに言われるネタで、初めて大谷さんに会った時には髪の毛も今と同じ位に長くてベルボトム履いていて、しかも連れている彼女が外国人でどんな高校生だよって(笑)

吉田: 演奏が凄くて、すげぇ高校生だなって皆で言っていたな。

NEMO:俺は既にUNITEDは知っていて、ハリー先輩と初めて会った時は恐かったですね。大谷さんに紹介されて挨拶したんだけど、先輩だけは返事が無くて「あぁ?」って感じで睨まれましたからね、「ウワッ、恐い」って。尖ってましたね、最初は(爆笑)

ライブって生ものだから皆で目線を合わせながら音を出すってのは貴重なことだよ。(吉田)

別府:バンドをやっていて辞めたいとか思ったことはありますか?

吉田: 俺は音楽ではそうは思わなかったけど、バンド活動が嫌だなと思ったことは何度かあった。意見が合わなかったり、自分の意見が認められなかったりとか些細なことだけど。後は好きでやっていることだけどツアーが辛いなと思ったこともある。

NEMO:俺も同じで何回もありますよ。自分が思い描いているヴィジョンと尽く物事がずれていく時が多いです。バンドに対する力の入れ具合とかメンバーの人間関係とかもあったり、そういうのを感じるとこれからどうするんだって先が見えないこともあって。曲作っている時も才能無いなとか考えちゃったりとかもあるし。アルバムを作ったりツアーやったり、大きなことをやろうとする時のその瞬間まで落ち込んでいたりすることもあります(苦笑)

別府:そんな辛いこともあるのに何でバンドを続けられるのですか?

吉田:やっぱりステージ立ったりした時の緊張感は普通の生活や人生を送っていたら味わえないと思うんだ、やったヤツじゃないと分からないし。失敗した時もあるけど成功したことも多い。その成功した時の喜びはお金には変えられないようなことが多いから、なんとか今まで続けてられたのもそこだと思うんだ。

NEMO:自分の作った曲とかメッセージとか見方を変えたらはっきり言って自己満足なんです。俺がただこれを言いたいからって発信して、それをオーディエンスが共感してくれた時の力って凄くて。そういうライブが出来た時って本当に忘れられない。だから嫌なことが本当に沢山あってもその力をステージに立つことによって得ることができるからそれを共有したいから続けられます。人生も一緒だと俺は思います。人生10個何かあったら、その10個全部が楽しかったり面白いわけじゃないと思いますから。

吉田:バンドってライブだよ。今はパソコンとか誰でも音楽作れちゃうかもしれないけど、ライブって生ものだから皆で目線を合わせながら音を出すってのは貴重なことだよ。

NEMO:レコーディングは良いものを作りたくて自分との戦いでアンプから出てくる音をチェックしたり少ない人間で決めていくけど、ライブは色々なバックボーンを持った人間がやって来て一つになるじゃないですか。そうなるとやっぱりライブが一番好きです。

別府:今までで印象に残ったライブってあります?

吉田:パッと思い浮かぶのはSLAYERと周った時かな。SLAYERも凄いと思ったけど、自己満足的なことなんだろうけどこんなことできるUNITEDも凄いだろって。ダメなライブは沢山あるけど(笑)

小川:あの時のUNITEDはカッコよかったですよ。

吉田:時代も良かったよ。

NEMO:俺は最近のライブは毎回最高と感じています。その中でもKREATORと一緒だったライブはヤバかったです。ロシアでSURVIVEとしては2回目のツアーだったんですけど、KREATORのファンが多かったんですけど前回のSURVIVEのツアーに来てくれたファンが来てくれたり。俺たちのライブが終ってKREATORのシャツを着たファンがKREATORのライブが始まっているのに俺たちと話をしていたり。「KREATORが始まっているよ」って言っても「お前たちは凄い、満足したよって。ミレが俺たちのCDを持って「お前たちSURVIVEだろ?最高だ!」って言ってくれたこともありました。

そのジャンルしか聞かないって人も日本のファンは多いと感じることもある。(NEMO)

別府:海外のファンと日本のファンの違いを感じたことはありますか?

NEMO:国が国なんで残虐性の高い音楽を求めているのかなって感じることはありました。よりタフなライブは盛り上がる感じです。

吉田: そういうのはNEMOの方が詳しいよね。

NEMO:まずは歴史が違います。俺たちが好きなメタルって色々いるけど分かりやすく言うとアメリカとヨーロッパじゃないですか。そのバンド達が何十年も掛けて作ってきたものの重みとファンのコミュニティが凄く根深いですよ。だからCDが売れないとか何だとか言ってもそれをサポートするファンが必ずライブに来てくれるから、バンドがツアーすれば何とかしてくれる。海外のバンドって年々ツアーのスケジュールが激しくなってきているじゃないですか。日本と違うのは音楽に対するファンのサポートが圧倒的に違って、それを作り上げる業界の人間も多いし、電話一本でどの国ともプロモーターが繋がっていたりもする。良いライブをやればそのプロモーターが翌日の公演の別のプロモーターに直ぐに電話をするんですよ。そうすると「昨日の公演は凄かったんだって」って期待の目で待っている。そうやって新しい繋がりもどんどん出来てくるから分かりやすい。国民性の違いはあるけど日本はそういった面では少し引っ込み思案かなと思います。どっちかと言えば日本では見えないところからサポートされているのかなって感じることが多いです。見えすぎて少し鬱陶しい時もあったりもたまにある反面、その中間がいないって感じることもあります。自分の経験から言えばバンドにとって海外はやり易いです。バンドの演奏に集中すれば色々な面をサポートしてくれるし、マネージャーはどんなに駄目なライブでも駄目出ししないし直せとか言ってこない。ツアーが終った時に次のレベルに行くにはこういうことをしなくちゃいけないって相対的に見てくれてアドバイスをしてくれる。マネージメントが気に入って契約したからそれを信用してくれて最高だって連発してどんどん調子に乗せてくれて、アーティストにとってはやり易いです(笑)。バンドのモチベーションを引き上げてくれて、ツアーの最終日とかになればかなり調子に乗ってますから。その上り調子のまま日本に戻ったら「俺たちヨロシク!」って雰囲気出るよなって。海外のバンドが日本に来ると自信に満ち溢れたドヤ顔で演奏していることが多いじゃないですか、そうなるのは多分こういった教育方針の違いもあるのかと思います。

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