2015年10月22日 更新

第四回ゲスト:齋藤靖氏(株式会社ディスクユニオン・お茶の水HARD ROCK/HEAVY METAL館店長 / B.T.H. RECORDS)× 荒金良介氏(音楽ライター)

記事登録日:2015/10/22 - 第四回目のゲストは株式会社ディスクユニオン・お茶の水HARD ROCK/HEAVY METAL館店長並びB.T.H. RECORDS担当の齋藤靖氏と当サイトでもインタビュー等でご協力いただき他著名音楽雑誌媒体等でご活躍の音楽ライター荒金良介氏を迎えた。

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記事公開日:2015/10/22

Metallization.jp企画会議 第四回目

Metallization.jp企画会議 第四回目

L to R:
齋藤靖(株式会社ディスクユニオン・お茶の水HARD ROCK/HEAVY METAL館店長 / B.T.H. RECORDS),荒金良介(音楽ライター), 小川(Metallization.jp事務局), 別府伸朗

地方に住んでいましたが、頭の中は完全に東京タイムでした。(荒金)

別府:お二人が音楽やヘヴィメタルに触れる様になった切っ掛けを教えてください。

齋藤:中学二年生位の時に戻りますが、横浜に住んでましてTVK(テレビ神奈川)を見ることが出来たのですね。TVKで「ミュージックトマト」という番組を夕方にやってまして、そこでAC/DCが流れたのですよ。半ズボンでランドセルを背負って頭を振っているおかしな人間がギターを弾いている。PVだったかな?それでビックリして。それで当時あったレンタルレコード屋で借りてきたのが最初です。一番最初の洋楽の入口はAC/DCだったので「ハードロック=洋楽」だと思っていました。AC/DCから入って、KISSとかJUDAS PRIESTとかも聴くようになって、それにミュージックライフといった本も読むようになって。本を読むようになるとロックって色々なものがあるらしいと知るようになって、JAPANとかを借りて聴いてみると全然違っていて。(JAPANがあまり好みでなく)ハードロックの方面によりのめり込んでいった感じですね。情報源はTVとMUSIC LIFEで、まだBURRN!も無かったからMUSIC LIFE(※1)が一番濃かったですね。それでレコードを借りてきたり、お年玉で買ったりでした。

シンコー・ミュージック(創刊当時は新興音楽出版社)が編集・発行した音楽雑誌。主に洋楽を取り上げた。1998年12月号をもって休刊
※1
荒金: 僕は音楽を聴き始めたのが遅くて、中学まで殆ど聴いていなくて。ベストテンものは普通に見てたりはして、洋楽でもMADONNAは良いなと聴いていた位でした。高校生になって、こういったハードロックやヘヴィメタルを聴くようになった切っ掛けは漫画でした。それが「ジョジョの奇妙な冒険」という漫画で、ジャストの世代だったので始まりから週刊少年ジャンプで読んでいました。その中で“エシディシ”とか“ツェペリ”とか出てきて興味を持って、それで作者の荒木飛呂彦さんがあとがきで「LED ZEPPELINがカッコイイ」といったことを書かれていて。そこからLED ZEPPELINを知って、一枚ずつオリジナルアルバムを買い揃えて。それで一番最初に買ったのが何気なく手に取った「PRESENCE」で、今でもそれが一番好きなアルバムで最高傑作だと思います。それがハードロックの入口になって、DEEP PURPLE、OZZY OSBOURNE、BON JOVI、DEF LEPPARDと広がっていきました。

齋藤:レコードですか?

荒金: もうCDですね。お店に行ってもレコードが無かったかと。

別府:輸入盤は縦長の箱に入って(※2)CDが売られていた時代ですかね?齋藤さんはレコード世代ですよね。

輸入盤は縦長の箱に入って

輸入盤は縦長の箱に入って

※2
齋藤:CDが出てきた時は高校生でした。高校生になるとバイトができてお小遣いが増えて、レコードを買いに行って、その思い出の方が多いですかね。アニメとか除いて一番最初に買ったレコードはKISSの3rdでした。というのもKISSのレコードを借りにレンタル屋に行ってもいつ無くて。どうしても聴きたくて、お年玉を手に買いに行きました(笑)。タワーレコードが多かったかな?西新宿に通うのはもっと後だし。CDで出ていてもレコードを買っていて、18~20歳の間位でCDの購入枚数が逆転しました。

別府:住んでいる場所も情報を得るのに関係していましたか?僕も都会ではなかったので、ネット環境が整備されている現在とは違って苦労しました。専門誌も本屋にそれほど並んでいなかったし、ラジオとTVが情報源で。まず中古盤屋の存在というのを東京に行った時に初めて知ってビックリした位ですから。僕の話でスイマセンが、中学の時とか試験勉強で徹夜してTVつけたらやっていたのが「HEDBANGERS BALL」とか「PURE ROCK」とかで、やかましいと思いながら見ていた覚えがあります。ピンときたのがその時は洋楽TOP40ものでした。

齋藤:当時はMTV全盛でしたかね。

荒金: 僕は九州の大分出身だったので「BEST HIT USA」(テレビ番組)しかなかったですね。ノートをとりながら見てましたよ。

齋藤:そんなこともしたな、ビデオデッキも無かったから。段々と思い出してきた(笑)。

別府:週刊FM(雑誌)を買ってエアチェックしたりもしていましたよね。

齋藤:僕が中高生の頃は、今ではNGですが、レコードを丸々一枚かけてしまう番組とかもありましたよ。

別府:海外のバンドを聴く切っ掛けは分りましたが、日本のヘヴィメタルを聴くようになったのは?

齋藤:中学の時にAC/DCが切っ掛けとは話しましたが、周りは既に聴いている友達がいて。その中にパンクのヤツもいたし、ニューウェーブのヤツもいたし。アナーキーとかRCサクセッションとかを聴いているヤツもいて、そんな中だったからか、洋楽とか邦楽とか意識しないでいました。LOUDNESSを聴かせてもらったりして、日本にもヘヴィメタルのバンドがいるんだって。洋楽だから聴く、邦楽だから聴くということはしていなかったですね。全体的にも「ヘヴィメタルだから」という意識も薄くて、ヘヴィメタルっぽいのが好きなのですが、それ以外でも好きなものも多くて。そういったことを考えると、ギターがハードなものを好んでいたのかなと。

別府:そうなるとたまたま耳に入ってきたのが好きで、それが日本のアーティストだったり海外のアーティストだったりしたわけですね。

齋藤:そうですね、周りに雑多にいたので。高校生の頃になってMTVがドカンと放送されて、そこで洋楽嗜好が強くなったかもしれない。(ヘヴィメタルに偏るようになったのは)スラッシュメタルが高校三年生になって流行りだしたからかも。SLAYERやMETALLICAが出てきて、これは凄いなと思っていて。日本でもこれは凄いなと思ったバンドに似たものが出てくるのですよ。OUTRAGEですよ。そこからかもね、本当に日本のバンドを意識し始めたのは。

別府:国内のバンドのライブもその辺りから行き始めたのですか?

齋藤:そうかな?X-RAYとか行ってましたね。関内にライブハウスがあって、そこに行ってました。海外のバンドはもう少し前に見てましたね。専門学校に行っていたのですが、高校の時よりも激しいヤツが出てくるんですよ。ハードコア聴いていたり。それがイカ天の頃だったかな?その頃には屋根裏、EXPLOSIONやロフトとかにも足を運んで、CASBAHやJURASSIC JADEを見ていました。

別府:荒金さんが日本のバンドを見始めたのは?大分だとライブハウスも少なかったのでは?

荒金: 行く発想も無かったです。一番最初にライブを見たのが東京ドームでやったGUNS N’ ROSESのUSE YOUR ILLUSION TOUR、確か91年だったかと。高校三年の時に飛行機に乗って行きました。

齋藤:九州だとめんたいロックの土壌がありましたよね?そういう環境はありました?

荒金: 洋楽一辺倒でしたし。日本のバンドを聴くようになったのはOUTRAGEですかね。BURRN!やMETAL GEARといった雑誌を読んでLOUDNESSとかは聴いていたのですが、リアルタイムで衝撃を受けてライブを見て体感して日本のバンドも凄いんだなと思ったのがOUTRAGE。で、知ったのも遅かったのですが「THE FINAL DAY」でした。

別府:「THE FINAL DAY」が入口の人は多いですよね。

荒金: それが20歳位で、大学生の頃。それでガツンとやられて旧譜を買って追いかけていきました。それでライブの次の日に首が痛くて痛くて仕方ないって思いもしました。

齋藤:OUTRAGEのミニアルバムが出た時って、他にも色々とソノシートや7epを出しているバンドが多くて、西新宿にはそれを取り扱う店がたくさんあって、入るのに恐くて勇気がいるマンションで営業している店も多かったな(笑)。

別府:けっこうありましたよね、マンションの一室でやっている店って。今では本当に少なくなりましたが。

齋藤:●○はまだあるのですかね?来日アーティストがよく行っていた。

荒金:荒金:まだあるのですか?

別府:ありますよ、かなり■□に侵食されて、取扱商品も幅広くなっていますが。ああいったものを取り扱う店だとネットとかにかなりやられちゃっているんじゃないですか?

齋藤:そうだよね、もう時代が違うのかも。

別府:荒金さんは東京に出てきたのは音楽の仕事がしたかったからですか?

荒金: 本当にそれだけです。東京とか関東に住んでいる人が羨ましくて、羨ましくて。土曜日のパワーロックトゥデイが始まる時間には頭が痛くなっていたし、日曜のヘヴィメタルサウンドハウスではみんな楽しく踊っているんだろうなって。地方に住んでいましたが、頭の中は完全に東京タイムでした。パワーロックトゥデイは録音して送ってくれる人がいたので、タイムロスはありましたが聴くことができました。とにかくハングリーでしたよ。今の子はPCがあれば何でも見ることも聴く事もできるじゃないですか。羨ましいし、恵まれていると思いますよ。

別府:齋藤さんはこの中では一番恵まれた環境だったかもですね。

齋藤:横浜と言ったって田舎の山の中だよ(笑)。

別府:それでもハマっ子じゃないですか(笑)。僕らからしたら横浜というだけで凄い都会ですよ。

齋藤:でも最寄の駅まで歩いて30分だよ、そんな横浜無いでしょ(一同爆笑)。

別府:横浜って広いんですね(笑)。お二人から比べると、僕は中途半端な距離に住んでいましたね。

齋藤:微妙な距離ですよね。環境は横浜とそんなに変わらないでしょ?

別府:いや、やっぱり違いますよ。やっぱり田舎でおじいちゃんおばあちゃんやっている様な本屋でしたから、そういったところにはBURRN!ですら並んでませんでしたから。DOLLなんかもっと大きな本屋でも無かったし。高校で隣の大きな市に通うようになってBURRN!は知りましたから。バンドやっているヤツは中学の時からいて、そういう友達からGASTUNKといった単語は耳に入ってきてましたけど。SABBRABELLSは従兄弟のウチに行ったらムー(※3)か何かオカルト雑誌が置いてあって、そこに特集記事が出ていて知っていたんですよ。高校の部活の帰りにライブハウスの横を通ったら、SABBRABELLSって書いてあって「こんなところでやっているんだ。でも帰らないと」って(一同笑)。今、振り返ると見とけば良かったなって。

齋藤:UFOやら何やらオカルトブームだったからムーはBURRN!よりも一般的に知られていたかもね(一同爆笑)

ムー

ムー

※3

SABBRABELLSは従兄弟のウチに行ったらムーか何かオカルト雑誌が置いてあって、そこに特集記事が出ていて知っていたんですよ。
別府:話は飛びますが大学に入って僕と荒金さんがサークルで知り合うんですよね。そのサークルにはSPIRITUAL BEASTのMさんもいたし。

齋藤:濃いな~。

荒金: 僕が伊藤政則さんの講演に行った時に勧誘のチラシを配っていて、それを見てそこの大学生でもなかったのに入りました。メタルの友達も欲しかったし。

別府:あんまり活動らしい活動はやってなかったけど(苦笑)。

荒金:荒金:飲み会とかライブ行ったり、冊子も作ってましたね。そこで書いたりもしましたね。

別府:冊子作ってたけど、もう覚えていないですね。そんなに僕は積極的に参加もしていなかったし。サークルに顔出すよりもライブに行く方が好きだったから。今振り返ると本当に申し訳ないけど(笑)。

荒金:そんなに話をした記憶もないですね。ライブでチラっと見かける方が多かったかもしれないですね。

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